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「国際母語デー」企画 「外国人児童生徒の母語を考える」フォーラムに行きました

先日、当ブログでお知らせしました「国際母語デー」企画「外国人児童生徒の母語を考える」フォーラムに伺ってまいりました。私にとっては大変有益なフォーラムでした。少しだけ要約をお伝えできればと存じます。

まず国際母語デーなのですが、2月21日はバングラデシュで1952年、ベンガル語を公用語として認めるよう求めたデモ隊に警察が発砲し4人の死者が出た日で、ユネスコにより1999年11月に制定されました。

まず最初はマイノリティの言語教育(母語・継承語・バイリンガル)の研究で有名な中島和子先生による講演でした。お話くださった中で印象に残ったことをいくつか、ここに書き記しておきたいと思います。

先生は母語で学ぶ権利、母語で育てる権利を大切にしなければいけないと話し始められました。母語を失うことで地域社会は文化遺産を失い、国は大切な人材を失うのです。                                                               ・カミンズの研究によりますと、母語話者が少ない地域では就学後2,3年で子どもの母語は失われるそうです。また中島先生のお話では小さい頃に耳で聞いていただけでも、再学習では音声面に関しては非常に早くキャッチできるそうです。                                                         ・母語は親から子に伝えることができるものであり、また母語を通して取る親子のコミュニケーションは非常に大切だと、ご自分の体験からも強調していらっしゃいました。                                                       ・年少者は異文化を行動面から自分のものとし、情緒面も付いてきますが、大人は異文化理解を頭で行い、行動面・情緒面が付いていきません。高校生は行動面では適応しますが、情緒面では母文化を保持する傾向があるそうです。よく言われますように、年齢の低い子どもは仮住まいではなく本住まいをする、ということを指しています。                                                                               ・母語はなんといっても家庭が大きな役割を果たします。親が家で母語を話すことによって、現地語の習得にマイナスになることはありません。また子どもは家で現地語を話すことは短期的には習得に繋がりますが、長期的には決して良い結果になりません。                                           ・親が高い期待値を持つことは非常に大切だそうです。また教師も子どもの自尊感情を高め、子どもに対して知的に高い期待値を持つことが大切です。お客様扱いしていては子どもは伸びません。                                          ・教師が言語の多様性・重要性をすべての子どもに前向きに捉えさせるよう促進しなければいけません。 

さて、午後には実践例がいろいろと提示されました。まず門真にあります定時制高校に入ったブラジル人A君のサポート体制について。A君は6歳で日本に来て、日本語もポルトガル語も適当には話せるけれども、どちらも書けない状態のまま高校生になっていたのでした。なんでも分かったふりをして頷くので、周囲は分かっていて怠けているだけと思っていたのですが、ほとんど分かっていなかったのです。とても人柄の良い子どもなのですが、ただニコニコとうなずくだけで、自分から発話しない全くブラジル人らしくない生徒でした。見かけが目立つだけに、大人しくしていることで目立たないようにしていたのでしょう。ですがダブルリミティッドであることに気づいた日本語指導の先生の働きかけで、教頭・担任・各科目の先生・通訳のブラジル人女性教師・NPO組織の通訳のできる教育ボランティアも入って、本当に熱く心のこもった指導が始まりました。進歩は本当に少しずつだそうですが、母語も伸ばすことで表情も明るくなってきたそうです。ブラジル人女性教師は「絶対に子どもを諦めません」と話されていました。ブラジル人女性教師は家庭の様子を知ることにも努められました。彼の孤独感を理解する母語話者という強力なサポートが無いと、なかなか難しいのだなと強く感じました。 

午後の2つ目は、台湾人女性による小学校現場での中国人子女の支援についてでした。子ども達はだいたい1年くらいすると流暢に日本語を話し始めるそうです。ですが学習言語の習得にはかなり時間がかかるそうです。1996年から98年にかけて門真市には多くの中国人がやってきました。当時、地域のコミュニティとのトラブルでは、中国人に日本のルールを伝えて解決を図ったりしたそうです。現在は中国の子ども達に母語の大切さ、中国文化に誇りを持ってもらうように民族フェスティバルや春節祭を企画して踊りや獅子舞を指導していらっしゃいます。門真市では月3回、土曜日の午前に中国語の母語教室が開かれており、また中国人の多い小学校では、週1回、授業で中国語が教えられているそうです。その他、母語による入学説明会、家庭訪問、懇談会も行われています。なお現在土曜日に行っている中国語の教室では中国の教科書を使っているけれども、もっと日本で生活する中国人の子どもに合った教材を作りたいと、このサポーターさんは話されていました。そして「みんなちがってみんないい」の精神を大切にしたいとおっしゃっていました。

 

最後は今は日本の小学校教師になられた中国人女性のお話でした。まもなく産休に入られるそうですが、マイクを使わず元気よくお話くださいました。30歳ほどですが、その半生の壮絶さを笑いあり涙ありで語ってくださいました。                                                       彼女は中国では非常な上層階級に生まれたお嬢様でした。父親の兄弟4人全員が北京大学をはじめ超有名な大学の教授。母親の家系は医者が多く母親はデザイナーでした。 中国ではまだ人々が自転車で通勤通学していた時代に車で学校に送り迎えしてもらい、着替えも全部お手伝いさんがしてくれるような裕福な育ちをしていました。                                                                 5歳のある日、「日本へ行かないか」と両親に言われ、日本が遠いところ、言葉の通じないところという意識も無く、ビルがたくさんある綺麗なところというイメージだけで、喜んで渡航に応じたそうです。ところが来てみてびっくり。日中の物価の違いから、超お金持ちから超貧乏人になってしまったのです。 

そこから差別と無理解と貧困の生活が始まります。どのエピソードも気の毒なもので、例えば手紙を持って来てくださいと言われて、中国では手紙はトイレットペーパーなのでそれを持って行って皆に笑われた話。また母親がお道具箱というものが分からず、なけなしのお金で買ってくれたオルゴール箱を持っていって「要らないものを学校に持って来ないように」と言われた話など、私も海外で言葉や文化が十分理解できずに、トンチンカンなものを子どもに持たせて恥をかかせた思い出と相まって、涙しました。                                                           また、貧困による7歳の従兄の死など筆舌に尽くし難い壮絶なエピソードもいろいろありました。

親のことをバカだと思って軽蔑したり、非常に心がすさんで荒れた生活をしていた時期もあったそうです。中国人ということを隠して生活していた時期もありました。ですが、小学校の時にある先生が掛けてくれた言葉、「イッチワン」という下手くそな中国語が「一緒にあそぼ」という意味だと分かった時の喜びを支えに、生き抜かれたそうです。そして将来は絶対、小学校の先生になるのだと決められたのだとか。

チックなどいろいろな精神的な病を乗り越えて、今はとても良い教師になられているのが、お話をお聞きしていて大変良くわかりました。保護者からの差別を乗り越えて、今ではとても支持が大きいことが感じられました。                                                                                                                                  一時は中国人であることを隠し、親を軽蔑もしていたけれど、今は中国人であると堂々とおっしゃり、また親の愛を深く感じているとのことです。今でも中国語をネイティブとして話せるのも、親の強い信念があったからこそだと話していらっしゃいました。

非常に感動的な内容で、国籍だけで差別することは絶対にいけない、そして文化がわからずに困っている子ども達に、何に困っているのか親切に尋ねてあげなければいけない、と心に深く思ったのでした。 

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