☆新しい記事は新ブログへ移動。左サイドバーからどうぞ  ★ピアーズ@関西の集まりは下記に記しています。ご参加をお待ちしています   ◆ 教育相談なんでも承ります まずはメールをどうぞ お気兼ねなく ^^ ピアーズ・ベテラン相談員達が丁寧にお答えいたします  ♥ メンバー募集中!(自由参加の有償ボランティア、お手伝いくださいね。プロフィール欄をご覧くださいませ) ♣ 学校訪問/英語保持スクール訪問ライターさん、募集中 できるだけ省力化しています (詳細は2010/02/26記事)

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
国境を超える生き方 -訪問記ー
お仲間の御紹介でMさんのお宅に伺ってお話をお聞きしました。温かみに溢れた魅力的な方ですよ、とお聞きしていた通りの方でした。お宅も明るくて広くてステキです。大きな食卓のあるお部屋は見晴らしが良くて、遠くに冬枯れの山並みが望めます。居間には熱帯魚の水槽があり、オウムがご挨拶をしてくれました。お話し中も猫ちゃんが部屋を悠々と横切ります。
 
Mさんは沖縄でお生まれになりました。お父様はベトナム戦に従軍するアメリカ軍の軍人だったそうです。5歳になった時にアメリカに移住するべく先にお父様が帰国されていたのですが、迎えに来られる途中で事故に遭われ急死なさいました。それからお母様と沖縄で暮らされることになったのですが、お母様が働く必要もあって、すぐ御近所のご夫婦に預かってもらわれたそうです。そのご夫婦がとても頼もしい良い方だったようです。小学校に進まれると、肌の色が違うなどといったイジメに遭われたそうですが、逞しい育てのお母さんと理解のある女性教師に守られました。ところが小学校5年になって男性教師に変わった途端、その教師の無理解に心底、傷つかれたのです。男の子がちょっかいを出してきたとき、彼女がちょっと言い返したのを見咎めて、コンクリートの床にずっと座らされてお仕置きをされたことがありました。それ以来、「辛くてもう学校に行けない」という気持ちになり、インターへの転校をお母さんと育てのご夫婦に頼んだそうです。そのお話をしながら、Mさんはこぼれる涙を押さえていらっしゃいました。今でも思い出すのがお辛いのでしょう。
 
親御さんはインターにすんなり転校させてくださったそうです。そこは少人数で家庭的で、いろいろな人達が居て、居心地が良かったそうです。そして高校を卒業すると、お父さんの出身地だったアメリカ南部の大学に進みたいという気持ちが湧いてきて、いろいろ手続きをされたそうですが、入学寸前になって育ての親がKKKの暗躍する南部はどうしても心配だということで、急遽、インターの先生の御紹介でミネソタの大学に進むことになりました。
 
進まれたミネソタの私立大学はアッパーミドルクラスの白人達が圧倒的という環境で、Mさんは場違いという感じを受けたそうです。その中で、世界中からの交換留学生、そしてまた世界中を宣教してまわる宣教師子弟と親しくなっていったそうです。彼らとは何か共通するものを感じたということでした。いろいろな教会へ行っても、どうも違和感があったのですが、ダウンタウンのInterracialな教会にやっと居場所を見つけられたそうです。
アッパーミドルの白人の級友達や教会のご婦人達は、自分にどう接して良いかわからなかったのだろうけれど、「どこから来たの?」と尋ねてくれても、「日本から」と答えると、「日本には行ったことがある」とか、「日本人の友人がどこそこに住んでいる」といった彼ら自身の話ばかりで、自分という個人に興味を持って尋ねてくれるという感じを受けなかったとMさんは話しておられました。
 
さて、初め、Mさんは音楽を専攻したいと思って大学に入学されたのですが、大学での授業や級友達はどうも音楽を心の表現としているふうではなく幻滅を感じて、途中でソーシャルワーク専攻に変えられたそうです。そして将来はケースワーカーとして働きたいという思いを持たれたそうです。
 
そのうちに州立大学から自分の大学へ働きに来ていた現在のご主人と出会われました。ご主人はエチオピアからの留学生でミネソタ州立大学で薬学を勉強されたのですが、もともと獣医になりたいという希望を持っていらっしゃいました。ところがアメリカで獣医になるには時間もお金もかかるということで、ではMさんの故郷、日本で勉強できないだろうかということになりました。そしてMさんは先に日本に帰国され、いろいろ調べられたそうです。日本には獣医学を学べる大学が全国に16校しかなく、その中で学費が安く、かつ外国人枠を持つ大学は数校しかなかったそうです。Mさんのおばさんが大阪にいらっしゃり、条件的にも大阪府立大が良いなあと考え、彼も日本に来て日本語を勉強していたのですが、1年半ほどの勉強ではなかなか十分ではありませんでした。ところが本当に運が良いことに、ご主人がミネソタで獣医学部の準備のアルバイトをしていた研究室の教授が名古屋の大学の解剖学の先生の御友人で、その解剖学の先生の弟さんが大阪府大の獣医学部の先生だったそうなのです。そういう縁で推薦状もいただけて、無事入学を果たすことができました。Mさんが働くとともにご主人は奨学金を受けて、高い獣医学の教科書を買うこともできたということでした。教科書は普通でも高いのですが、英語と日本語の2冊を買うので大変だったそうです。
 
御主人が大学に通う間、結婚してからは10年間、不思議にも子どもができず、養子でも貰おうかと話が出ているときに、子どもができ、それから立て続けに子どもさんに恵まれ、今は5人のお子様がいらっしゃいます。上の方のお子様はインター、下の方のお子様は地元の公立小学校に通っていらっしゃいますが、お住まいの辺りの地元公立小学校には外国人児童が多く、楽しく通っていらっしゃるそうです。家にはテレビを置かない教育をなさっていますが、そのために学校で困っているようなことはないようだとおっしゃっていました。
 
現在、Mさんは5人のお子様の子育てをしながら、市が主催する英語教室、幼稚園、個人教授と老若男女、いろいろな人達に英語を教えていらっしゃいます。とても人気のある先生で、あちこちで引っ張りだこで毎日を忙しく過ごしていらっしゃいます。
趣味として歌も続けていらっしゃいます。大変お上手で、心がこもっていて、聞いている人の胸を打つとお仲間は話していらっしゃいました。コーラスをなさっているのですが、本当は演歌が一番好きなのだそうです。
心の温かさと大らかさに満ちていて、国境を越える人間的魅力を湛えた方でした。お会いできて本当に嬉しいでした。いただいたインジェラというクレープ(ちょっと蕎麦クレープみたいな感じです)とスパイシーなチキンのシチューのエチオピア料理もとても美味しいでした。
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。