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舘野泉さんのお話&ピアノを聞いてきました。

過日、お友達と一緒に舘野泉さんの講演&ピアノ演奏を聞いてまいりました。場所はレトロでとっても素敵な建物「中央電気倶楽部」でした。http://www.chuodenki-club.or.jp/ 自由席だったのですが、一番前、舘野泉さんから1mくらいの距離でお話を聞けました。

外観外観玄関を入ったところ玄関内会場会場

舘野泉さんはお父様がチェリスト、お母様がピアニストという音楽一家に生まれられ、小さな頃から楽器に囲まれて育たれました。ですが正式にピアノを始められたのは5歳の5月5日だそうです。それも当時はグランドピアノなどはなく、もっぱらアップライトピアノで練習なさったそうです。

1960年に東京芸大を卒業され、1962年に初めてヨーロッパ旅行をなさいました。といってもリュックに荷物を詰めて、あちこちを放浪するといった旅だったとか。いろいろな国を巡り歩かれたのですが、北国にとても興味をひかれたそうです。凍えるような寒さの中でしっかりと生きていく人間の強さが印象的だったとおっしゃっていました。もともとお母様が北国の生まれであることも影響しているのかもしれない、とのことでした。

そして1964年に留学先をフィンランドと決められ、渡航なさいます。その際には周囲のすべての人から、どうしてそんな音楽辺境地へ行くのかと反対されたそうです。けれど、舘野泉さんはフィンランドでは音楽教育が行き渡っていることや音楽ホールが小さな村にもあることに、未来への可能性を強く感じていらっしゃいました。人の言うことよりも、自分の感性を信じていらっしゃったのです。             

渡航してからはフィンランドで確実に地歩を固められ、フィンランド国立音楽院の教授を務められ、81年にはフィンランド政府の終身芸術家給与も受けられて演奏活動に専念されるようになりました。日本でもシベリウスの演奏家としてつとに有名で、あちこちで演奏活動を行われていました。

ところが、2002年、フィンランド第二の都市タンペレで演奏をしていらっしゃる時に脳溢血でお倒れになりました。その時の様子についても詳しくお話くださいました。最後の曲が終わる2分前位から急に右手が遅れるようになって、最後にはどうしてもついていかず左手だけで演奏なさったそうです。そして立ち上がって礼をして、数歩あるいたところで倒れてしまわれました。それから病院まで、時々、意識が戻ったり、また意識が無くなったりといったような状況だったそうです。花を手渡す人が、倒れた舘野さんの前で演奏生活40周年のお祝いの言葉を述べ始めたり、新聞記者が逐一、様子を書き留めたりしている現場の混乱状態を感じていらっしゃったそうです。

その後、病院で少しずつ容態が回復され、リハビリを始められたのですが、少しずつ出来ることが増えていくのが楽しみで、退院したくなかったそうです。先生に言われて仕方無く退院なさいました。お医者様には使える左手は一切使わず右手を訓練するようにと言われたそうですが、特にそんなふうにはしなかったと仰っていました。また、ピアノを左手で弾きだすと右手も訓練したら、と言われたそうですが、それもまたなさらなかったとか。けれど左手で弾くうちに、自然に右手も動くようになってきたと、実際に動く指や腕を見せてくださいました。今は日本で良い整骨医さんに出会い、非常に回復なさっているようですが、それでも決して無理をなさらないのも舘野泉さんらしいところです。

さて、左手によるピアノ演奏ですが、倒れられるずっと前からラヴェルの左手のための協奏曲がお好きだったのですが、倒れてから左手で演奏するということにどうしても抵抗感があったそうです。ところが、バイオリニストの息子さんがアメリカ留学から一時帰国なさった折に、ピアノの上にそっと置かれたイギリスの作曲家の楽譜を弾いてみられた時、新しい音楽の世界が開けたのです。

それでも周囲の人や世間の人の中には、一流の音楽家が左手だけで演奏することに批判的な人も多くいたそうです。けれど、そう言われればそう言われるほど、左手だけで紡ぎだす音楽の素晴らしさを伝えたくなったと語る舘野さんでした。

実際、演奏をしてくださいました。すると本当に左手だけでこれほど心に沁みる流麗な演奏ができるのだということに改めて感動しました。スクリャービンの曲、そして唯一のお弟子さんである平原あゆみさんとの連弾で吉松隆さんの曲などを弾いてくださいました。

人の言うことに惑わされず、自分の感性を信じて道を貫き努力をする人。演奏に心打たれるとともに、生き方にも心動かされた一日でした。過日、読みました「非属の才能」のイメージに重なる方でした。(近く、「非属の才能」という本についても少し書くつもりでおります)

舘野泉さんの左手による演奏の技術について→ http://www.jump.co.jp/bs-i/chojin/archive/038.html

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