2007年04月17日 (火)
海外から帰って来られて、または海外にいらっしゃる間から、日本の帰国子女教育がどういう流れで起こってきて、現在どういう状況になっているかを知っておくことは大変重要だと思います。お母様方の多くは、日本の80年代の帰国子女教育華やかなりし頃のイメージをお持ちだと思います。バイリンギャルが一躍脚光を浴びた時代に10代、20代を過ごされた方もいらっしゃるでしょう。流れを知った上で、今の教育行政関係者、教育関係研究者、学校教員達の間では、どういうふうに帰国子女教育が捉えられているのかを知ることは大切でしょう。
帰国子女教育問題について詳しく調査なさって書かれた本があります。その本から抜粋して、帰国子女教育の流れを説明させていただきます。この分野では、現在の第一人者である佐藤郡衛氏が書かれた本で、1997年2月の発行です。ちょっと古くなっていますが、それ以前についてはよく分かります。この当時、すでに「再構築」という言葉を使われていますから、この頃には研究の最盛期が過ぎていることが察せられます。
60年代 戦後、日本の海外進出に伴い、帰国子女問題が親の側から提議される。(雑誌にその困難性についての記事。主に高校や大学での受け入れ体制の無いことへの不満)。それによって文部省の調査が始まる
70年代 海外直接投資の自由化により、ますます海外子女が増加。中央教育審議会(中教審)による提言があり、海外子女教育推進の基本的施策に関する研究協議会(推進協)が結成される。海外・帰国子女に関する研究が始まる。救済の意味合いが強い捉え方(研究においても施策においても)
80年代 海外・帰国子女研究が花盛りの時期。85年のプラザ合意からの急激な円高により、貿易摩擦なども起こり、ますます企業の海外進出が増加。80年代後半はバイリンギャルが出てきたり、帰国子女の国際性など肯定的なイメージが流布しはじめる。かつては親が運動の主体だったが、帰国子女本人が語り始める(受け入れ枠で有名大学に入ったエリート帰国)。実践においても適応より、特性伸長が言われ始める。同志社国際ができたのは’80。帰国子女受け入れ推進地域がセンター校の指定などが’83。研究においては、帰国子女の内的環境(アイデンティティなど)の問題と外的環境(日本の側の問題)の考察が増えてくる。また80年代後半には、言語に関する研究が進む。大沢周子「たった一つの青い空」(テレビドラマ「絆」の原作)は’87。 なお、青木保の「日本文化論の変容」という本によると、83年から90年にかけて「日本文化はこんな特殊な面がある。だからもっと国際性を持つことが必要だ」という日本文化論が世の中を席巻したと述べられていますが、当時のそういった状況に呼応した形で帰国子女教育論が語られたとも言えそうです。
90年代 ロジャー・グッドマン 「帰国子女」という本が’92に出版され新エリートとしての帰国子女を取り上げる。グッドマンは帰国子女問題は当事者の親達が社会的に作り上げた問題だとした。その後、研究において減速が起こる。実践においては、相互交流や共生が強調される。急速に増えてきた外国人子女の問題がクローズアップされてくる。少しずつ、帰国への脚光が減ってきて、帰国であれば誰でも受け入れるといった状況が変化する兆しが、特に後半から少しずつ見えてくる。
この本では、ここまでをフォローしています。その後について、私なりに要約してみます。
00年代 帰国子女受け入れ推進地域指定もなくなり、外国人子女問題と統括される施策が文部科学省から出る。佐藤郡衛氏の居る東京学芸大附属大泉は、外国人子女と一緒に受け入れを始める。(その前に京都教育大附属も帰国学級に外国人子女を受け入れ始める。また兵庫県では芦屋国際中等教育学校ができて、外国人子女とともに受け入れを始めていた) 行政では外国人子女と一緒に国際理解教育として処遇する方向である。一般の学校の受け入れ現況としては優秀な帰国生徒は欲しいが、80年代から90年代初めのような、帰国であればそれだけで良い、とする受け入れ態勢ではなくなっている。
このような流れを経て、現在では帰国子女教育には一応の成果があったと行政関係者は見ているし、研究者はもっと興味ある研究対象を見つけている状況です(たとえば留学生や外国人子女、国際結婚家庭など)。また学校関係者は今年からADHDやLDなどの対策が文部科学省からおりてきており、また様々な現実の教育問題もあって、経済的に比較的恵まれた駐在員子弟に対して、あまり丁寧な対処をしていく状況ではありません。
なお、「海外における日本人、 日本のなかの外国人」(2003年3月)の中でロジャー・グッドマンが書いた章の要約を書いておきます。
第11章のグッドマンの「帰国子女」論では、帰国子女にまつわる利益集団が同質性といったような文化本質主義や鎖国メンタリティといったような歴史決定主義といった「文化」を使用して、社会に自分達の子どもを、受け入れさせていった、という。しかし今後、日本で社会の周辺にいる者や移民集団に問題が生じた時には、人々は「文化」や「歴史」の問題であると受け流しがちになるのではないかと思える。彼らのような経済的・政治的な境界者は、帰国子女の周囲の利益集団ほど、うまくレトリックを使えないだろう。p.219でグッドマンは、今後は「エリート帰国子女」と「問題をかかえた帰国子女」の2つの層が見られるであろう、というメリー・ホワイト(1992)の説を紹介している。
日本のこういう状況に対して、どういう意識を持って海外で過ごしていくかは考えておかなければなりません。ただし、私は日本に目を向けなくてはならない、と言っているのではありません。本当の意味での力を子どもにつける努力が欠かせないと思っているのです。
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