☆新しい記事は新ブログへ移動。左サイドバーからどうぞ  ★ピアーズ@関西の集まりは下記に記しています。ご参加をお待ちしています   ◆ 教育相談なんでも承ります まずはメールをどうぞ お気兼ねなく ^^ ピアーズ・ベテラン相談員達が丁寧にお答えいたします  ♥ メンバー募集中!(自由参加の有償ボランティア、お手伝いくださいね。プロフィール欄をご覧くださいませ) ♣ 学校訪問/英語保持スクール訪問ライターさん、募集中 できるだけ省力化しています (詳細は2010/02/26記事)

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今、就職について悩んでいる学生さんのために。

こんな記事をネットで読みました。本当に自分らしい天職を見つけて欲しい、とつくづく思います。教育を受ける期間は大抵の子ども達にとって限られたものであり、その後の生活の方がずっと長いのです。それぞれの人を生かすことをサポートしていきたい、という考え方は私共と全く同じだと感じました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「大丈夫。おまえを必要としてくれる会社は、いくらでもある」「中部大学キャリアセンター・市原幸造」の巻

  2007年11月29日 木曜日  双里 大介 http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20071120/141162/?P=1

 学内の掲示板には、企業説明会の告知がズラリと貼り出されている。市原幸造(46)が勤務する中部大学のキャリアセンター(就職支援)にも、3年生が一人、また一人と足を運び、賑やかさを増している。

 秋も深まった11月、今年も就職活動が本格的にスタートした。

市原幸造氏

 大学を卒業後、市原は、かいわれ大根の店頭販売をしていた。販売に使うラジカセとかいわれ大根を車に載せて、県内の至るところにあるスーパーを回った。

 当時はまだ物めずらしい食材だったかいわれ大根。スーパーの軒先で市原は必死に声を張り上げ、行き交う主婦に声を掛け続けた。22歳の市原は思った。「大学を卒業して、なぜオレはかいわれ大根を売ってるんだ?これが本当にやりたいことなのか」。その日のモチベーションを維持するだけでも大変な毎日だった。

 かいわれ大根の仕事は10カ月で辞めた。ただ、振り返れば、この10カ月が自分の「原点」なのだと市原は思う。働く厳しさを知った。仕事とは何か。何度も思いを巡らせた。そして、自分について考えた。誘われるがまま就職を決めてしまった学生の頃とは違う。初めて自分の意志で決断した。だから、思い悩んだこの10カ月間こそが、自分のスタート地点だと思えるのだ。その後、市原は2度の転職を経験。29歳の時に出会ったのが、大学の就職課での仕事だった。就職活動をする学生を支えて18年が過ぎた。今、市原は、口にこそ出して言わないものの「天職に出会えた」と密かに思っている。

 22歳の時、自分が大学の就職課で働くことになるとは、ひとかけらの想像もできなかった。そんな仕事が自分に向いているとは思いもよらなかった。

 しかし、働くとは「そういうことなのだ」と市原は思う。

 就職とは、行き着く先の見えない航海へ出たに過ぎないと、今は実感をもって言える。そこで何かに出会い、ぶつかり、転がり、流れ、形を変えて、いろいろなことに気付きながら、人生は作り上げていくものなのだ。

 学生たちに伝えたいことが山ほどある。就職活動なんて、そんな顔をしかめてするものじゃない。まだ社会の入口に立ったばかりなんだから、人生が決まってしまうような顔をするな。

 それなのに、いつの頃からだろう。単なるスタート地点であるはずの就職活動が、人生のゴールのようになってしまったのは。就職活動は「シュウカツ」と呼ばれるようになった。就職活動をまるでひとつのイベントのように括ってしまうこの言葉が、市原はどうしても好きになれない。

 今年、新卒学生に対する求人件数は、バブル期を上回り過去最大だと言われている。いわゆる「売り手市場」だ。

 来春2008年3月卒業予定の大学生・大学院生に対する民間企業の求人総数は93.3万人と、昨年より10.8万人増加。求人倍率は1.89倍からついに2倍を超えて2.14倍となっている(リクルートワークス研究所調べ)。

 しかし、求人件数が多いにもかかわらず、学生たちの就職はすんなりと決まっていかないのが実状だと市原はいう。

 なぜか?多くの学生が「大手企業や人気企業へ行かなければ、自分は幸せにはなれない」と思っているからだ。東海地区の中堅私大である中部大学の学生たちも、その例外ではない。

 就職活動を始めたばかりのある学生は、何のためらいもなく、こう口にした。「大手企業にしか行くつもりはありません」。バブル崩壊を子どもの目で見てきた世代だからだろうか。最近の学生は大手志向がさらに強まっている。ただ、就職を希望する全員が大手企業に入社できるはずはない。



 それでも、多くの学生が限られた数の椅子に向かって殺到する。それを煽るように就職ビジネスが学生の背中を無理矢理に押す。履歴書対策、面接で好印象を与える方法、エントリシートの書き方、筆記試験の攻略法、自己分析、グループディスカッション、立ち振る舞い、スーツの着こなし……洪水のように流れてくる情報の中を、遅れを取らないよう必死になって前へと進む学生たち。理解するのではなく、まずは情報を頭に叩き込む。受験勉強の時と同じ光景。そこに生まれるのは、同じ顔、同じ考え方、同じ言葉を話す学生たちの姿だ。

「全部で400社くらいエントリーしました。すべての企業とやりとりはできないので、返信されてきた案内のタイトルだけを見て、興味のない会社からのメールは内容を見ずに削除します」

「説明会の時、あえて最後まで残って後片付けの手伝いをする。名前を覚えてもらえるし、印象もいいから。これも活動テクニックのひとつ」。

 市原は学生たちに声を掛ける。「就職ビジネスに踊らされるな」。大手企業が人を幸せにしてくれるとは限らない。そんなものは高度経済成長時代の話だろう?人気企業ランキングに載っている会社なんて、全体から見ればほんの一部だとわかるだろう?

 しかし、採用側である企業もまた「同じ顔」「同じ言葉」で学生たちにこう問いかける。「あなたは社会に出て何がしたいのか」「10年後、20年後にどうなっていたいか」「自分に何ができると思うか」……。すべての学生に会うことは不可能だし効率が悪い。まずは、採用の窓口をパソコンの中で行い、そこで人数をふるいに掛ける。“上手に質問に答えられたもの”だけが椅子取りゲームの先へと進むことができる。

 市原は思う。10年後、20年後のことを正面から答えられる学生が何人いるだろう。まだ社会に出て働いたこともないのに、どうしてやりたいことがわかるのだろう。

 「何もわからないまま」「迷ったまま」で社会に出てはいけないのか。「わからないことを、わからないというのは恥ずかしいことじゃない」といつもは口にしている大人たちが、どうして就職にだけは答えを求めたがるのか。

 「10年後のことは、今はよくわかりません」と正直に答えてしまったら、間違いなくエントリー段階で落とされるだろう。その学生の人柄や能力に関係なく。就職ビジネスに背中を押され、企業からの問いかけに必死に答えようとする学生たち。器用に対応できる者だけが採用されていく。これが今の就職活動の現実なのかもしれない。大切な「何か」が片隅に追いやられている。

 10社受けるために、一生懸命10枚分の自己PRを書いた学生がいた。結局、どこからも返事が来ずに「自分には無理なのでしょうか」と市原のもとへ相談に来た。市原はその学生に声を掛ける。「心配するな。おまえを必要としてくれる会社は、いくらでもある」。

 10枚の自己PRを書いた学生の思いを、受け止めてあげる大人が1人でもいなければ、その学生は行き場を見失ってしまう。会社からは返事をもらえず、親からは「どうなっている?」と聞かれ、要領のいい友人はどんどん内定をもらっていく。情報の“塩漬け”にされたまま身動きがとれず、取り残されていく学生たちに誰が手を差し伸べるのか。

 就職ビジネスや企業だけではない。大学もまたビジネスとは切っても切り離せない立場にいる。少子化が進む中、生き残りをかけて生徒を集めなければならない。生徒募集の切り札が「就職実績」だ。あの大学に行けば大手企業に就職できる。就職に困ることはない。これが最大の売りとなる。市原にも各学部から依頼が届く。「学生を何とか大手企業に就職させてほしい」。その思いは痛いほどわかる。自分自身も葛藤している。でも、市原はこう答えることにしている。

 「そんなことはしません」。

 少なくとも、自分は学生の本心や本音を受け止めてあげることができる「1人の大人」でいたい。大手企業に就職できるのなら、すればいい。ただ、それが人生のすべてではない。大切な「何か」とは、言うまでもなく「自分」だ。自分を偽り、自分を曲げて、自分を殺して、そんな就職には何の意味もない。

 社会人生活の第一歩なのに、記念すべきスタートなのに、学生たちが自分の思いを、偽り、曲げ、時には殺してしまう就職活動とは何なのだろう。

 自分のミッションは大手企業に就職させることではない。「全員を社会のスタート地点に立たせること」だと、市原は考えている。その学生が望む企業に就職できなくても、たかが就職くらいで人生をあきらめることなく、自分らしく人生を歩むことのほうが大切だ。

 本当は、みんながわかっている。何が大切で、何を尊重するべきかを。「わかっているが、今は人手が足りない。効率的に採用して、即戦力として活躍してもらわなければ」と企業は言う。「わかってはいるが、長い目で見るとやっぱり大手企業のほうが安心できる」と親は言う。誰もがわかっているが、誰もが現状に身動きが取れなくなっている。学生も、企業も、親も、社会も。今となっては、複雑に絡み合った糸をほどくのは容易ではないだろう。

 だから市原は、学生たちにだけ目を向けることにしている。
 少なくとも、学生だけは絡み合った糸の呪縛から、解放してあげたいと思う。

 企業の都合、大学の都合、就職ビジネスの都合に振り回されることがないように。初めての仕事選びなのだから。初めて社会の門を叩くのだから。はじめの1歩から苦しんでしまったら、会社に勤めること、働くことに希望が持てるはずがない。

 もっと自分に正直に仕事さがしをすればいい。正直な自分を採用してくれない会社なんて、入社したところでどうせ苦労するだけだ。「入社させてください」なんて頭を下げるな。企業規模なんて関係ない。「キミがほしい」と求めてくれる会社に行くほうが、きっと何倍も幸せに働ける。



 市原が今、大切にしている言葉。それは「大丈夫」のひとことだ。「ぼくの“大丈夫”には根拠はないんですけどね」と笑う市原だが、それは学生たちが一番求めている言葉なのかもしれない。  市原は今でも草野球をたしなむ、大の野球好きだ。中部大学野球部は、愛知大学リーグの1部で優勝を争う強豪チーム。プロ野球選手も輩出している。時折、野球部が練習しているグラウンドへも足を運ぶ。  ある日、野球部の3年生が市原のもとへ相談にやってきた。「就職活動があるから、部活を途中で辞めようと思うんです」。市原は言った。「辞めるな。野球がしたいのなら、思い切りすればいい。大丈夫!就職は何とかしてやる」。

 4年生の1月を過ぎてから、相談にやってくる生徒もいる。「部活をやっていて、ろくに就職活動をしていなくて……」。大学生活も残り数カ月での就職活動。世の中の常識でいえば、すでにアウトだ。不安げな顔をしている学生に市原は言う。「よく来てくれた。まだ大丈夫!」。卒業間近の大学4年生で就職が決まっていない学生に「今まで何をしていたの?大丈夫か?」と声を掛ける大人は大勢いても、「大丈夫!」と言い切ってくれる大人が何人いるだろう。不安に押しつぶされそうな学生が、大丈夫のひとことで救われていく。

内定が出た4年生の学生と握手をかわす


 年に何度か、卒業生たちが市原を招いて宴を開いてくれる。小さな会社にしか就職できなかったとしょげていた学生が、今では会社になくてはならない存在となり、たくましく働いている。何回か転職して、ようやくやりがいのある仕事を見つけたと報告する学生がいる。ほら、大丈夫だ。就職活動はたったひとつの通過点にしか過ぎない。かつての自分がそうだったように、彼らは自分自身でしっかりと人生に折り合いをつけて生きている。人生を歩いている。その姿こそがもっとも尊い。何よりも嬉しい。

 「学生たちは就職活動をする頃になってから、ぼくのことを知るかもしれないけれど、ぼくは1年生の時からずっと彼らを見ているんです」。市原が見ているのは、学生たちの心の中にあるもの。今年、市原が担当する学生は約300名。就職活動が終わる頃には、多くの学生の顔と名前がまた市原の胸に刻み込まれる。

(写真:渡辺裕一、文:双里大介、企画:平澤弥生)

トラックバック
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。