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「子どもからの贈り物」 ひぐちみちこ著


お友だちに紹介していただいた本です。とっても良い本です。ぜひ手元に一冊置いて、時々読み直されてはいかがでしょう。(アマゾンのロープライスだと、びっくりするようなお値段です!それに、そんなに分厚い本ではないので、海外へ送っても安いと思います。)


ひぐち・みちこさんは絵本「かみさまからの おくりもの」を書かれた方です。赤ちゃんが生まれる時に神様は一人一人の赤ちゃんに贈り物をくださるのだそうです。例えば、よく泣く赤ちゃんには、天使が「うたが すき」という贈り物を届けてくださいました。


子どもはみんな一人一人、そういった贈り物を貰って生まれてきたのでした。でも、それは「できる、できない」とか「上手、下手」といった価値判断をくだされるものとは、全く別個のものだというのです。「あの子はこんなことができるけど、うちの子はまだできない」といった考え方とは、まるで違います。〇〇ができる子は素晴らしいといったような、母親の努力で、我が子が何かをできるように導いていくのが子どもを育てることではないのではないか、というのが著者の考え方です。


お母さんがそうだと、子どもが「何かをしたい、何かが好き」というよりも「私は何々ができる」「ぼくは何々ができない」といった認識の仕方が強くなってしまうというのです。あることができて、それを周りの大人から評価してもらうことが自分の価値のように子ども自身が思い込んでしまうというのです。確かに、それはその通りのような気がします。子どもに無駄な負担感を強いてしまいそうです。


そういった評価を気にしすぎた結果、子どもは失敗を恐れてできそうなことにも初めは近付かなかったり、うまくいかないとすぐ諦めてしまう子ども達が増えてきたような気がすると著者は言います。ハサミを持たせても、切り抜く点線が無いとどう切れば良いかわからないと言ったり、チラシの自動車を切り抜くのに、ぴったり正確に切ろうとして立ち往生してしまったりする子どもがだんだんと増え、それが低年齢化しているというのです。


「できる子どもの苦しみ」についても著者は書いています。小さいときからなんでも良くできる子は、そのできることを維持するために多くのエネルギーを費やさなければなりません。また、長じては成績維持のために、自分の知識を自らに閉じ込めて、孤独になっていく子もいる、と言います。本来の学びの楽しさから遠ざけられてしまう痛ましい子どもも居るのだと言います。


著者は病弱な母親に育てられました。いつも家で寝ているか本を読んでいるかして、よく近所の人が立ち寄る家だったそうです。母親はたっぷりと時間があって、豊かな愛情を子どもにかけてくれる人でした。決してせかしたりせず、ちょっと先の育ちに信頼を置いていた人だったようです。


子育てをしながら、自分自身の成長の過程で学び損ねたものを学ぶこともできるのではないだろうか、とも書いています。(その内容は、本を読んでくださいね。子どもへのイライラの原因は、自分自身の育ちにあったとか)


著者は今のお母さん方を見ていて、一つはよその子に負けてはいけないという競争社会にお母さん自身が生きていること、そしてもう一つは、皆と仲良くできなければいけない、お友だちがいっぱいできなければいけないと小さい頃から集団の中でうまくやっていくことを期待しすぎて、緊張感でいっぱいになっていると言います。            競争社会という列車に乗って、知らず知らずにスピードが上がって行く中で、子どもが「お母さん怖いよー、降りようよ」といった悲鳴を上げてくれる場合もあります。それこそが気付きのチャンスなのでしょう。「あなたはあなたのままでいいんだよ」といった防波堤になってやることが必要なのだと説いています。                        また一人遊びも大切ですし、その時間に子どもは自分の好きなものを見つけていくこともある、と著者は言います。無理矢理、皆と遊ばせなくても、子ども自身が遊びたいという欲求を自然に持つから、それまで待てばいい、ということです。


神様は子どもに贈り物をくださいました。同時に、親たちには子どもという贈り物を届けられたのです。子どもが傍に居るだけで、いろいろな経験ができますもの。                                          また、子どもにそれぞれの個性という贈り物をくださったのと同様に、私たち親自身が生を受けたときにも贈り物を貰ったはずです。その贈り物がなんだったのかに気付くことも大切です。著者もちょっと書いていますが、もしかしたら私自身は「おせっかい」という贈り物を貰ったのかもしれません・・・。


「まわりの大人たちが、それぞれ神さまからもらったものを持ち寄って生かし合うことができれば、どんなに暮らしよいことでしょう。それぞれが自分のありのままを出し、それをより良く他者のために役立てる姿を子どもたちに見せてやれれば、子ども達も天からもらったものを生かして生きるすべを身近に学ぶことができるのではないでしょうか」


最後に私自身への反省として、次の著者の言葉に考えさせられました。                      私の子育てはなかなかうまくいっていると思っているお母さんたちへ。             お母さんが、その子のもらった贈り物に気付き、その子らしさを認めているがゆえにうまくいっているのなら、本当にすばらしいことです。でも、もしかしたら子どもが自分らしさを守ることを放棄して「ボクはボクなんだけど、もういいや」とお母さんに合わせているので、うまく育っているように見えるのではないかと、ときどき立ち止まって考えてみることも大切だと思います。← もっともっと気をつけていきたいことです。それぞれの子どもが、その子らしくあればいいと思っているつもりでも、私の枠にはめようとしていたのかもしれないな、と思っています。

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