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帰国生のAO入試に関するアンケート ①

最近、大学はいろいろなタイプの入試を行っています。私達の時代には無かったものの一つにAO入試というものがあります。大学へ入って何を学びたいのかが問われ、主に高校時代の活動を中心に選抜されます。                            ピアーズでは、かつての帰国生徒でAO入試で合格した方々にアンケートをお願いして書いていただいております。今日はそのうちの一つを御紹介いたします。少しでも皆様の参考になれば、書いてくださった学生さん、そして私達も大変嬉しいです。



〇大学名 慶應義塾大学 湘南藤澤キャンパス


〇滞在国 アメリカ合衆国


帰国後何年して受験されましたか。 年間の滞在から帰国後年、高校年生~年生交換留学帰国後ヶ月


〇いつ頃からAO入試を考えましたか。


 高校入学時に大学受験を考え、一般入試のために受験勉強をしたくないと思いAO入試を選択肢として考え出した。そして留学中にその決断をした


 


〇いつ頃からどのような準備をしましたか(後で考えて入試に役立ったといったようなことも書いてください)。



アピールポイントを作るため


受験勉強を一切してなかった分その自由な時間を使って、高校年生からボランティア活動に参加したりしていた。そしてAO入試を決意した交換留学中にも、障害者のための募金活動、老人ホームでの手伝い、ホームレスへの食料配布活動など様々なボランティア活動に参加した。更に帰国後、AO入試に提出するためにアメリカ文化に関する考察を論文にまとめた。



■AO
入試で提出する資料作りに関して


帰国後(7月頃)すぐに論文や志望動機などの資料作りに取り掛かった。


  


〇塾や予備校を利用しましたか。それはAO入試専門のところですか。どのように役立ったと思いますか。


 


予備校の夏期講習を利用した。そこで、志望動機と自己PRの文章を見てもらった。


やはり魅力的な文章をいかにして書くのかといった点において、夏期講習以降も何度も直してもらったため、読んでもらえる文章になったと思う。それと何度も考えて書き直すことによって、自分の中で思考がまとまり、面接の準備にも自然となっていたのではないかと思う。


 


〇自分を知って貰うために、どういう書類を提出しましたか。


 


自分をできるだけ知ってもらうため、提出できる限りの書類を提出した。推薦状、成績表、自分で書いたアメリカ文化考察の論文、英語スコアの証明書、ボランティア活動をしていた写真、部活動の表彰など。様々な活動を好奇心旺盛にアクティブに行っていることを知ってもらい、バランスが取れていることを証明したかった。実際に提出書類による印象操作などの工夫はしなかった。


そして自己PRは自由記述とあったため、自分のアピールポイントを箇条書きにして分かりやすく構成し、パソコンでプリントアウトして提出した。 


なお基本的に書類のみの提出だったため、箱などではなく、大きめの封筒で提出した。


〇前の質問と重なるかもしれませんが、以下の質問にお答えください


1.  語学の試験結果などを生かしましたか。それは、どのように 


 


TOEFLTOEIC、英語検定のスコアを提出したそれは英語に長けており世界に働きかけたいという自分の夢を実現するために必要な能力があるということの証明になったそして実際に留学中に語学スキルを使用してコミュニケーションを色んな国籍の人としてきたことも伝えた。 


2.  校内での活動や成果を生かしましたか。どういったものですか


 


校内での成果は少なく、成績や推薦書によるアピールをした。



3.  校外での活動や成果を生かしましたか。どういったものですか


 


校外での活動が多く、基本的には留学とボランティア活動をアピールした。ポイントとしては、何事にも好奇心をもって挑戦し、やりきるといったことを証明できたと思っている。


  


〇志望動機はどういった内容か、差し支えない範囲で教えてください。そして、それをどのように訴えましたか。


 


志望動機は、SFCの風土や教育理念に共感し、多分野における研究が行なえること、そしてIMFで過去に働いていた教員がいたことなどから志望した。 


 


訴えた方法としては、AO入試の開始時に志望動機を説明した。


やはりSFCの特徴、SFCで学ぶということが、自分のやりたいこと、将来の夢へとつながるという風に主張した。


 


〇海外での体験はAO入試に生きましたか。それは、具体的にどのように生きたと思われますか。語学に関する点と、それ以外の両方をお書きください。


 


まず何より海外の体験がAO入試で生きたというよりは、おそらく海外に行ってなければAO入試という選択肢を取らなかったと思う。海外での経験がきっかけになったと考えている。



そうした上で語学に関する点からいえば、やはり自分の将来(国際公務員としてIMFで働く)のために必要なスキルをもっているという主張ができた。更に他国の人と多く会話することができたという意味で、英語スキルだけではなく、コミュニケーションスキルをも主張できたと思う。
最初にスペイン語で自己紹介したのもインパクトを与えることができたと思う。

それ以外留学に関しては多く主張したものの、海外在住経験はかなり以前の話であり、アピールできるような話がなかったため、主張しなかった。留学中の体験に関しては、やはりボランティア経験や留学に実際に行くところから好奇心とチャレンジ精神に関してアピールする際に効果的だったと思う。


 〇面接はどういう感じで行われましたか。先生の人数や尋ねられた質問などについて覚えていることを書いてください。また英語での質問はありましたか。圧迫面接のような質問はありましたか。その場合、どのように答えましたか。


 


面接は、面接官三人に学生一人で行なわれた。


まず最初に十分間自由にプレゼンを行なって良い時間があり、そこで私は1分スペイン語で自己紹介を行い、3分英語で自己PRを行い、残り時間を日本語で興味分野に関する意見と志望動機を述べた。


質問は、一般的な志望動機から始まった。そしてそのまま提出した書類に関する質問が行なわれた。


 


自分が将来SFCで勉強することによってどのようなことが可能になり、それがどのように夢へとつながるのか質問された。ここで少しボランティア活動と絡めて説明した。ホームレス問題を取り上げ、そこで開発経済政策の必要性を訴えたが、その政策でホームレスがいなくなる保障や理由を聞かれて苦戦した記憶がある。具体的な質問内容は忘れてしまった。


 


面接の順番が最後の方だったからか、面接官からの質問は少なく、沈黙の時間が多かった。


最後は入りたいサークルの話をしていた。


 


 〇大学で、実際に自分がやりたいと思っていた勉強ができていますか、またはできそうですか。


 


実際にAO入試時にやりたいと思った研究ができているかといえば、できていない


しかし、それは自分の関心分野が変わったからであってやりたいことができないということではない。むしろやりたいと思っていたこと以上にやりたいことが見つかったといった意味で、私は理想的な環境であると考えている。実際に分野は転々としたものの、現在は自分の最も関心ある分野に関する研究を行なっており、勉学を楽しめている状態にある。

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「いじめの社会理論」 

6月3日に内藤朝雄氏のいじめに関する本を取り上げました。その際、「いじめと現代社会」については、なんとか書きましたが、「いじめの社会理論」の方は書名を挙げただけに終わってしまいました。http://peerskansai.blog85.fc2.com/blog-date-20070603.html


今日、改めて「いじめの社会理論」の方に再び目を通したのですが、ちょっと難解でうまく纏めることができません。もしイジメについて深く理論的なことがお知りになりたければ、どうぞじっくり本をお読みになってくださいませ。以下、私なりに本の内容のごくごく一部ですけれど、書いてみたいと思います。


   


戦前は国家というものが全体主義体制に陥っていました。「個人は国家の側から自己が何者であるかを知らされるような仕方で生かされ、国家に献身する限りにおいて個人の生は生きるに値するものとなる。当然、このような善い生き方は個人に強制すべきである。個人の自由と国家の共通善が対立する場合には国家の共通善を、個人の権利と国家のきずなが対立する場合は国家のきずなを優先すべきである」といったようなものでした。


現代日本は先進国水準の民主的統治機構を持っています。しかし今は国家ではなく、学校や会社といった中間集団の中に全体主義の座が移動したと著者は言います。(p.21)


それを解体するには、各人が自由に距離を調節し、ねばりつく関係性に対してよそよそしく距離をおいて生きる権利を保証するのが正解である、ということです。しかしいまだに共同体のきずなを説く人が、とりわけ教育共同体のきずなを大切にしようとする人が教育関係者に多いと著者は指摘します。


例えば「賢治の学校」を主催する鳥山敏子は、そのセミナーで加害者と被害者の「気持ちのぶつけあい」をさせ、被害者にとっては屈辱的体験を再演することで癒そうとします。けれど、それは内籐からすれば被害者の自罰と内向化をもたらすに過ぎないということです。(p.53)


p.109には登校拒否の子どもが精神科医に「学校なんて行かなくていい」と言われたことで家庭内暴力が始まり、父親は自殺してしまったケースを取り上げています。生徒が「重症の学校病患者」の場合、まずは加害者へのしがみつきを共感的に受容して、その後、タイミングを見計らって被害者の加害者へのしがみつきを心理的に切断し、構造的な問題に切り込んでいくという作業が求められます。けれど、時に人々はそこを混乱して、この精神科医とは正反対に学校制度そのもののあり方を全肯定してしまう、という陥穽に嵌まることもあると著者はいいます。


学校共同体では「単純明快につきあわない」ということができない。朝から夕方まで過剰接触状態で「共に育つかかわりあい」を強制する学校では、たとえ赤の他人であっても「友だちみんな」と一日中顔をつき合わせてベタベタしなければならない苦痛があると言います。(p.131) これに対して、内籐は教育チケットというバウチャー制度を提唱しています。(p.280) 過疎地ではうまく機能しない制度ではないかしら、という気も少ししますが、自由度を高めるということはもっともっと考えられてもいいことでしょうね。


p.262から「自由な社会の構想」について述べられています。Aさんにとっては「このおかげで生きていける」というものはBさんにとっては醜悪きわまりない。Cさんにとっての幸福はDさんにとっては退屈そのもの。Dさんが生きていることを実感するきらめきはEさんにとっては底冷えのする嘘の世界。本当に人の好みや生き方はさまざまです。けれど自由な社会では、互いに相容れないスタイルで生きる人が、平和に共存しなくてはなりません。全く別のタイプの生を生きる人たちを、いつも目にして生きることを我慢しなくてはなりません。自由な社会では、自分にとって醜悪なものが大手を振って生きていくのを見ることに耐えねばならぬとしても、自分がそのスタイルに巻き込まれる心配はしなくてもいいのです。各人が自分なりのやり方で美しく生きる試みを可能にするのが、著者の言う「自由な社会」なのです。


こういった社会を保証する行政であってほしい、と私も切に望みます。それとともに、子ども達には学校という限られた空間で息が詰まっているなら、そこから逃げる手段はきっとあるよ、そして明けない夜はないよ、と言いたい気持ちです。