5月末に異文化間教育学会に参加したときに聞いてきましたリフレーミングの技法について、とても参考になるように思いましたので、皆様にお伝えしたいなと思います。 その発表をされたのは京都教育大学の藤田恵津子先生です。テーマは「怒りのマネージメント」に関するものでした。 リフレーミングという技法は、認知の枠組みを変える心理療法の一つのようです。また「怒りのマネージメント」という分野はアメリカではかなり盛んな分野のようです。 藤田先生が提示してくださっていた「リフレーミング辞典」ですが、相手(例えば子ども)の行動を捉えるときにとても役立つと思いました。以下がそれです。ネットに出ていましたので転載させていただきます。http://www.naracity.ed.jp/tawara-j/2007/13counseller/soudannsitudayori02.pdf 2枚目の分です。 以下に一部を改訂して抜粋しています。推薦状や志願票の子どもの長所短所報告にも使えそうですね(笑)。
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読売ウィークリーに面白い記事が出ていました。関西大学の木村洋二教授が「笑い測定機」を開発したそうです。というと、ちょっと怪しげな感じですが、横隔膜周辺につけた感知器から笑う時に動く筋肉の電位を測るものなのです。人間が心から笑うと横隔膜が上下するのですね。 この記事の中で特に私にとって印象深かったのは以下の部分です。 「木村教授は、この「笑い」の共鳴を、母子間など家族内の関係を密にすることに役立てたいと考えている。・・・赤ちゃんと笑おうということで、『笑いによる子育て支援プロジェクト』というのを4月から始めようと思っています。・・・小さいころから一緒にワアーッと笑える、つまりきれいなシンクロ波が出る母子の間では、虐待などの問題が起きにくいのではないか、というのが木村教授の仮説だ。」http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/yw/yw08041301.htm 確かにそんな気がします。つい先日、週刊誌で読んだところによりますと(!?)、茨木県で9人を殺傷した容疑者の家庭は家族バラバラでお互いの携帯番号も知らず、父親は何年も息子と話していなかったとか。おそらく、家の中に「笑い」は無かったことでしょう。 心置きなく話し合えて、笑いあえる家族。 やっぱり「笑い」って大事ですよね。軽くあしらわれがちな笑いですけど、人間にとって重要なものなのですよね!(ただし皮肉な笑いとかは、ちょっと問題アリかも) ![]() |
毎日新聞のサイトに教員養成系の学部が不人気だと書かれていました。教員養成系学部の試験会場でインタビューを試みたそうですが、人員不足や多忙化、理不尽な要求をする保護者、教員免許更新制などといったことが教員を志望する若者を減らしているのではないか、ということです。http://mainichi.jp/life/edu/news/20080225dde041100039000c.html 先日のフィンランドの教育界とは対極の感がしました。 フィンランドでは、行政の圧力が極小で現場の裁量権を認めており、先生方は良い授業づくりに専念できる環境にあって、親も行政も先生を尊敬し期待し、先生のすることを援助しようとしているのだそうです。 OECDの調査では、「PISAで良い成績を収めた多くの国々は、個々の学校に、より大きな自治権を与えている」という結果が出ているそうです。学校にやる気をおこさせること、学校が自分達のアイデアを考え出し、それを試してみることで良い成果が得られるのです。 とはいえ、フィンランドでは学校を評価することはしません。批判したりはせず、あくまで教職員の発達や創造性を支援するのが行政なのです。学校そのものを競争に巻き込むのでは、「競争の論理」に呑み込まれていることになります。子どもたち一人一人が違っており、クラス一つ一つが違っており、学校一つ一つが違っているのだから、それぞれの発達を支援することが大切であって、学校同士を競争させることは無意味なことなのです。 先生方は担当する授業が終わると、午後2時頃には帰宅する人も多いそうです。授業以外の時間は、授業に向けての研修をしていることになっていて、時間の使い方は教師に任されています。ノートの点検やレポートの評価、教材の準備など、学校でやってもよく、そうでなくてもよく、一番やりやすい場所ですればいいのだ、という考え方です。 フィンランドでは教師になるまでは厳しいのですが、ひとたび教師になると個人別教員評価は行われないそうです。 人間を育てる教育の重要さ、そして教師の重要さを国全体が認めており、教師を支援する行政と国民という一つの理想が実現されているように感じられました。 ![]() |
お知り合いが先日、このブログでもお伝えした多文化共生フォーラムに行かれました。(ブログ記事はこちらです→ http://peerskansai.blog85.fc2.com/?q=%A4%C8%A4%AD%A4%E1%A4%AD ) 内容についてご報告をいただきました。以下、その報告で非常に気になった部分がありましたので書かせていただきます。 それはある府県の話なのですが、困っている外国人、特にフィリピンとかブラジルとか、中国帰国孤児の子弟ではない一般の中国人等に対応できる特別入試制度が無いということなのです。生活も苦しい方が多いのですが、公立高校に入ろうにも、特別の入試制度が無いために、今は定時制にどうにか受け入れてもらっている状況だそうです。中国帰国孤児子弟のための入試には、まだ空き枠があるけれど、制度上利用できない外国人子弟が非常に多いのが現実だとか。 私の聞いている話では、それはある一府県だけではなく、関西の他府県でも似たようなことが多々あるようです。 大学入試においても、留学生ではない外国人にとっては、特別枠にも該当せず、大変な情報不足で困っていらっしゃるそうです。 「ピアーズ@関西」として、こういった方々のための情報収集とその公開も、他のNPO団体の方々と協力して進めていければな、というふうに個人的には考え始めています。 ![]() |
以前にも紹介させていただきました、ぴっかりさんのブログです。新しい記事が追加されたようです。私は非常に共感を持って読ませていただいております。皆様もお読みになってくださいませね。 ゆとりを持った子育て、そして生き方が好きだな、と私は個人的には思っています。真面目な人はきっちりとしていて、それはそれで素晴らしいことなのですが、気持のゆとりを無くしてしまえばストレスフルとなり、本末転倒のような気がするのです。 ぴっかりさんのブログ→ http://homepage1.nifty.com/pikkari/ima/top.html 最新記事の一つ(親の生き方)→ http://pikkarisien.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_7204.html ![]() |
お父様の教育参加は非常に好ましいことですし、有り難いことだと思います。母親の視点とは違った視点を持って子育てに参加することは、子どもにとても良い影響を与えることでしょう。父親は直接的に社会に関わっていることが多いですから、社会に望まれる人間がどういう人かということも、よく理解していらっしゃると思います。 ただ、ちょっと気になることもあります。それは、時々、あまりにも世間体や学歴を気になさるお父様も見受けられるということです。お受験ママ以上にお受験パパ的な方もいらっしゃって、御両親で過度に子どもさんに期待をかけられるケースでは、子どもさんも大変だなぁと思います。(過度ではなく、適度というか適切なものであれば、それは子どもにとって大いに助けとなることでしょう) 子どもさんを伸ばすためには、どういう関わり方が良いのか、お父様ならではの観点を期待しています。 親野智可等先生の「親力養成塾」の記事がネットに出ています。今回のタイトルは「子育てに役立つ父親の学校参加」となっています。http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/da/12/index.html 確かに海外では、保護者会も父親の参加できる夜8時頃から開かれたりします。また色々な行事に積極的にボランティアをしているお父様をよく見かけました。また日本人のお父様も、子どもの英語の宿題を手伝ったり、日本ではなかなかできなかった密な子どもとの関わりもありますよね。 親野先生のおっしゃるように日本でも、普段から積極的に学校に関わろうとするお父様は、これからの教育にとって必要なことに思います。母親とは違った視点で物事を捉えられることも大切だからです。ただ、親野先生もおっしゃっているように、教師達の仕事を変に増やしてしまうような関わり方は禁物でしょう。それでなくても、今の先生は忙しくて大変なのですから。先生方が教材研究や子ども達と接する時間を作れるようにサポートしていくことが大事ですものね。「男の料理」で雑用は学校や母親任せ、とはならないように気をつけてくださいませね。 それとモンスターペアレントについても、親野先生は書かれています。お母様が学校の先生にいろいろ不満があるとしても、ただお母様の不満だけを聞いて判断して、母親と一緒の批判を学校にぶつけるために学校に乗り込んで行く父親だと、ちょっと先生も困られるかもしれません。もちろん、学校に非があることもあるでしょう。けれど冷静に話し合えるお父様であって欲しいと思います。それこそ、社会で培われた力だと思いますので。相手の立場にも立って、話し合える力をお持ちだと思います。 でも、仕事が忙しくて、とても学校参加はできない、というお父様も大勢いらっしゃることと思います。できる範囲で子育ての支援をしてくださったらいいですので。子どもへの愛情を十分示してくだされば、そして疲れているお母様を少しでも癒す言葉をかけてくださるだけでも、かなり嬉しいものです。期待しています。 ![]() |
教育においては「待つ力」って、とっても大切ですよね。赤ちゃんは、その子にとって適切な時期が来たら立ちますし、歩き始めます。話し始めもします。もちろん、あまりに遅いならば、それは医師に診ていただく勇気も必要でしょうけれど。 けれど親というものは、つい「早く」という心を持ってしまいがちです。まるで早く何かできることが素晴らしいみたいに思ってしまって・・・。それは私にもよーく分かります。 海外に行けば、早く現地の言葉をマスターして欲しい、そして帰国すればしたで、早く日本語を他の子ども達と同様に、また日本の勉強にも早く追いついて欲しい、と。 もちろん親の期待は必要ですし、親子の努力も必要でしょう。けれど、「待つ力」も必要なんですよねー。 まずは子どもの気持ちの揺れを感じ取ることでしょうか。そして子どもの好奇心にしっかりと付き合って一緒に面白がると良いのではないかしら、と思います。海外って日本とこんなに違うんだー、日本って海外とこんなに違うんだー、面白いなって。 海外では日本では出会えない景色やモノに出会い、帰国したときは海外では本やビデオで聞き知っていたことを確かめる。ほんとに楽しい体験ですよね。 そんな中から好奇心が生まれ、学びのモチベーションも湧いてくるように思います。 子育てにおいてだけではなく、現代の私達がつい見失ってしまう「待つ力」。メールの返信がちょっと遅いとイライラする人も少なくない時代。私たち自身が、もっとのんびりと悠然と暮らす術を身につけてこそ、子ども達も大きな器の人間に育つような気がします。 ↑ これはせっかちな私への自戒の言葉でもあります。とはいえ、この頃、年のせいか、かなりノンビリしてきました。焦らなくなってきつつあります。お友達に紹介していただいた本のお蔭もあるでしょう。その本については、いずれゆっくり書きたいと思っています。 テーマ:関西の帰国子女受け入れ校 - ジャンル:学校・教育 ![]() |
どちらかというと、小さい子どもさんをお持ちのお母様へ、 海外で子育てするお母さん、相談する人が身近に居なくて大変かもしれません。 今はネットの掲示板もあって、少しはラクでしょうか。でも情報に刺激されすぎて負担になってしまうってこともあるかもしれませんね。 ぴっかりさんのブログ、参考になることがあるかもしれません。 覗いてみてくださいね。 (1)「抱きしめてあげて」というCMに苦しんだ母親 http://pikkarisien.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/cm_875c.html ![]() |
親野智可等先生のクイズの記事に対する疑問が、お仲間から来ましたので、私の言わんとすることが、うまく説明できていなかったのかしらと思い、以下、ちょっとだけ書き直して、追加もしてみました。 ーーーーーーーーーーーー 私が共鳴する親野智可等先生の面白いクイズがあります。(時々、意見が違うこともあるのですけれど、共感することも多いです) それはコレです→ http://education.mag2.com/oya/ 子どもに人間としての優しさを伝えるには、親がそれを子どもに与えてあげることが大切、というのは本当にその通りではないかしら、と子育ての経験を通じて感じます。もちろん、調子の悪いときはお母様が席に座るということもあっていいのです。年齢によるとは思いますが、子どもの体を鍛えるためには、立たせておくほうが良いという考え方もあります。また席を譲ったり、椅子を引いたりなど欧米男性の女性に示す紳士的なふるまいは素敵です。それが自然にできる帰国男性はカッコイイとも思います。 けれど日常生活のいろいろな場面で、親の子どもに対する思いやりを示すことはできると思います。(ここでのバスの席はあくまで一例。あまり良い例ではないかもしれませんね。もっと良い例も以前、出ていたように思います) ここで私が申し上げたいと思うのは、愛情を与えられた経験、してもらって嬉しいという経験が、他の人にも思いやりを示せる人間としての土台を築くのではないか、ということです。必ずしも親によって示されたものでなくても、愛情を感じて感謝する経験が大切なのでしょう。けれど、身近な親が与えるものは大きいと思います。それが親野先生の長年の教師生活から得た知見なのだろうと思います。 一見「正しい」ことを押し通すというのは、子どもの心の暖かさや優しさを育めなくなることもあるように思います。そして本当に正しいことはどういうことなのか、という思考力も停止させてしまいます。 なにが「正しい」なんて決まったことはないのですよね、きっと。では何を大事にするか、という価値観になってくるのでしょうけれど、私は人としての思いやりは大切だと思いますし、それは自然な感謝の気持ちから育まれていくんだろうな、という気が私もしています。 ![]() |

