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こだわりを持ち過ぎると客観的に判断できない  

世の中に起こることを判断するとき、「こだわり」を持つと判断を誤る、とはよく言われる言葉だと思います。 例えば阪神ファンは、ちょっと阪神の調子が良いと、優勝すると思ってしまったり(笑)。 もちろん、巨人ファンもまた同様に考えるでしょう。 これなどは楽しいからいいのです。 (^^)  政治でしたら、民主党にこだわると、民主党の政策を過大評価してしまったり、自民党支持者もまた同じように闇雲に支持してしまったり。 どうしても、贔屓目というのはあるようで。(私は無党派?) 

で、親となりますと、自分の子どもを客観的に判断することが難しくなることもあるのですよね。 その「こだわり」度が強いほど、子どもの実力であったり興味関心であったりを、冷静に判断できなくなりがちです。 

自分のことが見えにくいのも、自分へのこだわりが強いからですよね。 でも、お子さんだったら少しは客観的になれるような気もします。 自分の付属品ではないのですから。

人の言葉を鵜呑みになさらないで、ご自身の目で、ご自身の判断で、学校選びをなさるように、と願っています。 その時に大切なことは、親の「こだわり」だけで選ばないこと。 いえ、「こだわり」も必要ではあるのですけれど、子どもを置き去りにした、学校への「こだわり」になっていないか、ということに気を付けていただきたいのです。

お子さんを愛情深く、しかしながら親のエゴにはまり込まないようには気を付けて、と申し上げたいです。なかなか難しいことですけれど。 


                        ※ ※ ※ ※ ※
「保護者による、保護者のための支援」というスタンスで、これからもピアーズは続けていきたいと思っております。 各家庭、各お子様に違いはありますので、少しでも、より的確に判断していただくための情報提供を行っていければと考えています。

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石川遼君、受け答えのうまさは読書から。

ネット記事を見ていて、興味深いなと思いましたので御紹介しておきます。 常々、石川遼君の受け答えは落ち着いていて、あの年齢で素晴らしいと思っていましたが、こんな理由があったのですね。http://www.saitama-np.co.jp/news05/23/07.html

『プロゴルファー石川遼選手の父親、勝美さん(53)が「子育て」をテーマに講演を行った。勝美さんは、遼選手が中学生時代に「老人と海」などを渡して、本に親しませるように心掛けてきたといい、「遼がインタビューの受け答えがうまいと言われるのは、やはり読書のおかげ。本を読むことでいろんな言葉を覚えるし、想像力も広がる」と話した。』

本を読むことは大切ですねぇ。アウトプットするためにはインプットが先行します。 思考力を培うためにも読書は大切です。 身体を通して経験することと、言語で思考することは車の両輪ではないでしょうか。 どちらも実践することで、よりバランスが取れた育ちができるんだろうな、と思いました。

結果と過程

私がとっているメルマガに子どもの褒め方が書いてありました。子どもは結果を褒めると、結果さえ良ければよい、という方向に向いてしまうことがある、また結果が良くないと隠そうとすることがあったり、親の求める結果に到達しないことで自分を責めてしまうこともある、といった内容でした。「100点とれて、あなたはスゴイ」といった褒め方をするのではなく、「計画を立てて、よく頑張っていたね」という過程を褒めることが大切なのです。

他の人との比較を含意した褒め方をしないのは当然のことですが、「あなたはスゴイ」「エライ」「いい子」「やさしい子」といった人格評価は避け、行動評価で褒めることも重要です。「すごい」「偉い」「いい子」と言われることが行動の目標となってしまっては、自らをうぬぼれさせる子どもになってしまったり、自分の価値を他人に決めてもらおうとする子どもになっていくこともあるのだそうです。「すごい」「えらい」「いい子」と親に言われることを目標としてしまう子どもにならないように心を遣ってくださいね。

同様に、どこそこの学校に合格した、という結果だけを求めるような子育てにも気を付けてくださいませ。もちろん、合格した喜びは大きいですし、その学校で子どもが伸びるだろうと選択した学校の合格を目標とすることは良いことです。しかし、良い学校に入れたから、海外生活は成功だったという結果評価は危険な面もあります。

当ブログにお問い合わせをくださる方は、たいていが子どもさんの本当の意味での成長を考えていらっしゃる方達だと感じています。「最近のお母さんは、結果だけを求める」「できるだけ良い帰国枠に入れようとだけ考えている」といった先生方の辛口評価を聞いたりしますが、一部の保護者にはそういう方もいらっしゃることは否めないと思うものの、お母さん達の教育観をお聞きしていると、素敵だなと思うことが多いものです。どうか、これからも迷いながらも、子どもの健やかな成長にお心を配ってくださいね。お互いに努力していきましょう! 


P.S. ビジネスの世界では結果だけが重要で、結果が伴わなければ意味が無いと言われることが度々あります。確かに結果が重要なことは事実でしょうが、果たしてそれだけで評価して良いのか、という点ではビジネスの世界でも問われるべきことでしょうし、教育の世界でも過程のみに着目して結果を全く問わないのもダメかもしれません。到達可能性のある目標を設定することは大切なことですから、決して両者は乖離しているとは言えないのでしょうね。

ノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュという言葉、皆様、ご存知だと思います。noblesse obligeと表記されていて、「持てる者の義務」といった解釈がなされています。 権力とか富といったものを持てる者は持たざる者に配慮し、義務を負うということですよね。

日本の公教育では今まであまり教えられてきていなかったことではないでしょうか。もちろん、公教育なので「持たざる者」自身も多いからでしょう、という声が聞こえてきそうですが、私はここでお話したいのは、ボランティア精神というか、コミュニティサービスというか、そんな精神や心についてなのです。

欧米ではキリスト教が根本にあることが殆どですので、寄付とか献金の精神が日常生活に根付いているような気がします。 教会では日曜礼拝のあとに献金をしますよね。豊かでない人も、少額でもよいので献金をします。 常に持たざる者への意識があるように思います。

アメリカの大学進学に際しては、コミュニティサービスをどれだけしたか、ということも選考対象になります。もちろん点取りのためにする人も居ることでしょうが、そういうことを社会は大切にしているのですよ、といったメッセージは伝わることでしょう。 欧州には兵役義務の代わりにコミュニティサービスを求める国もあります。 銀行でも、簡単に寄付ができるようなシステムが整備されていて、ポスターもよく見かけます。

日本でも宗教をバックボーンに持つ学校は、福祉活動をしています。それは非常に良いことだと思います。大学進学を大きな目標としている学校では、能力開発が中心となりがちで、ノブレス・オブリージュは十分伝わっていないかもしれません。

海外の学校で教育を受けて良かったことの一つに、こういった精神が自然に染み込んでいったことがあるように思えます。 子どもごころ、思春期の若いこころ、それは柔らかくて繊細です。大人よりずっと,敏感にものごとを受け止めます。 子ども時代に海外で教育を受けた、ということは、語学といったことだけではなく、何か精神に大きな影響を与えるように思います。

自分より恵まれない方々に対しての意識が、ふとしたときによぎること、それが海外で教育を受けが子ども達にはあるように感じることがあります。

政府や地方自治体によるセーフティネットを要求するだけではなく、市民によるセーフティネットもあるほうがいいですよね。

子どもを褒める時。

今日、教育雑誌を読んでいましたら、ちょっと参考になることが書いてありました。

皆さん、とっくにご存知のことなのかしら。 私は子どもが小さい頃、こんなことを知りませんでした。ちゃんとやってたような気もしますし、やっていなかったような気も・・・。困り顔 

それは「人格をほめるとプレッシャーになり、行動をほめるとやる気が出る」というものです。即ち「えらいね。いい子だね」と言うのではなく、「有り難う、助かったわ」と言うほうが良いということなのです。

「えらい」「すごい」という言葉は人格をほめる言葉。それを繰り返しすぎると、やがて子どもは「いつもいい子を演じなければ」とプレッシャーを感じるようになることもあるのだそうです。

「えらい」「すごい」と言われなければ気が済まないようになっても困りますし、他の兄弟が「えらい」「すごい」と言われているのを聞くと、なんだか自分は「えらくない」のかと感じても困ります。

それより、子どもの行動によって、周囲にどんな良い影響をもたらしたかを褒めるのがポイントだそうです。それによって「自分も誰かの役に立つんだ」という気持ちや、周りの人への気遣いも育っていくのだと書かれていました。 きっとそうですよね。 はぁと

昔から変わらぬ大切なこと。

秋田県ではどんな教育を?という問いへの答。↓

作家の故藤沢周平さんに「未塾児」というエッセーがある。熟ではなく塾。娘を塾に通わせない藤沢家の流儀を書いた、30年近く前の文章だ▼教員の経験を持つ藤沢さんは「勉強しか出来ない人間になっては困るからである」と理由を述べる。子どもらしく遊ばせたいし、掃除や料理のしつけも教えたいのだという

 ▼3回目となる全国学力テストの結果が発表された。過去2回で好成績を挙げた秋田県が、今回も8教科中5教科で全国トップに立った。同県では塾に通っていない小学生が約8割、中学生も7割近い。なのに成績が良い訳は?▼浦野弘秋田大教授が『秋田の子供はなぜ塾に行かずに成績がいいのか』で理由を書いている。「かつての日本では当たり前だった、学習環境と生活環境が今でもある」というのがその解答

 ▼授業に集中する、予習・復習を行う、朝食をしっかり取る。つまり「昔ながらのやり方を『変えないこと』」。当たり前にやれば、成績は後から付いてくる。勉強も大事だが、もっと子どもらしく。藤沢家に通じるものがある▼藤沢さんは、塾通いさせないもう一つの理由に「教育の過熱ぶりはただごとと思えない」ことを挙げた。どこの県が1番でどこは最低だとか、一喜一憂する風潮に「この国は未熟児のままだ」と嘆いているかも。

http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20090829_01.htm (太字はピアーズ)

夢を持つ大切さ   ~モチベーション~

今日の(あ、もう昨日ですね)話し合いの中で出てきたこと。「やる気」をどう育てるか。うまくいかずに、ちょっとばかり子どもが投げやりな気持ちになっているようで、流されて暮らしている時、どう導けばいいのでしょう、ということでした。

お子さんの状況や性格、年齢によって対応の仕方はさまざまだと思います。  たまたま、そのお子さんはかなり大きい方でした。将来像を具体的に描くこと、その中に子どもさん自身の夢をうまく嵌めこんでいくことが大事なのではないかしら、という気がいたしました。

もちろん、青春は迷いの時ではあろうかと思います。ですが、「やる気」が出てくるためにはポジティブな気持ちになることが必要です。それには「夢」が大きな役割を果たすでしょう。

とはいえ、やみくもな「夢」を語られても、親はなかなか理解できませんし納得できないものです。どうやれば実現可能性が高まるかを考える、その思考過程を養うような支援が必要なように思います。

別に親にいちいち夢を語って貰わなくてもいいのですが、夢そのものがないと「やる気」もなかなか湧きません。とはいえ実現の方策も無い、ほんとうに夢のような「夢」であっては、いずれ子どもさん自身が自分を信じることができなくなってくるでしょう。

夢破れることはあるかもしれませんが、まずは何かやってみたいことを見付けて、具体的に取り組めればいいですね。人生に運はつきものですが、それでも夢への思いを持って励めば、まだまだ若いのですから、自分で人生を形作っていくことができるはずです。前途は広いのです。自分に合った道を試行錯誤しながら見付けていってもらいたいと、人生の入り口に立つ子ども達を蔭ながら応援する気持ちでいっぱいです。そして、お母さん方も応援してますよ!


それと、もう一つ出てきた話題は、この新型インフルエンザ禍について。やっぱり、ちょっとばかり外から目線になるのは、我々だからでしょうか・・・。もちろん全てに批判的なわけじゃありませんが、少し驚くようなこともありますものですから・・・。

交渉の余地のある親

教育に関心のある人にかなり読まれているメルマガのようですが、親野智可等先生のメルマガに興味深いものがありました。http://education.mag2.com/shuchu/bn_kougi37.html

例えば夜9時に子どもを寝させるにあたって、その日はなかなか寝ない。それには、それなりの理由があるとして、Aさんは迷う親、Bさんは断固として規律を守らせる親、Cさんはなし崩しが当たり前の親。3通りあるとすると、どの親が良いのだろうか、という疑問です。親野先生は、Aの迷う親であって良い、子どもはその親と交渉していくことで、親子共が適切な妥協点を見い出すのが良いのではないか、と言われます。

これは「親業」の本でも同様のことが書かれていました。私も親は常に迷いの中で居ても良いのではないか、と思います。迷いながら、でもより良く子どもに育って貰いたいと試行錯誤することで良いのだろうと思います。一生懸命関わること、そして親子が向き合うことが必要なのでしょう。^o^

進学  ー主役はやっぱりご家庭かとー

日本では新学期が始まったばっかりですが、そろそろ帰国予定という方も少なくないようです。

さて、帰国にあたって最も気になることの一つに「帰国後の教育」が挙がると思います。現地校やインターに行かれていた方は、外国語保持も気になるところですが、今日は「進学」について考えてみたいと思います。

「進学」といいますと、やはり日本では「受験」(または受検)が深く関わってきます。帰国時期と子どもさんの年齢、将来の渡航予定、子どもさんの進路の可能性など、いろいろと考え合わせねばなりません。もちろん、その時々に応じて軌道修正やら進路変更は柔軟に行わなければなりませんが、ある程度、目途をつけておくことも必要でしょう。

その際、やはり最も大切なのは「子どもさんの状況、状態をよく見ること」ですよね。なんといっても、お子さん自身の進路です。子どもさんの性格や適性に合わせた学校選択、進路選択が大切です。お子さんのことを最も知っているのが保護者でしょう。そして、これからの人生、子どもさんをずっと見続けていくのも保護者です。ご家庭の考え方、価値観に合った選択を、まずは考えるのが普通です。子どもさんが大きくなれば、自分で考える部分が大きくなってきますけれど。

日本人学校の先生、補習校の先生、塾の先生、本やネットの情報、我々のような相談機関、いろいろな人の意見を傾聴することは大切です。親が気付かない適切な助言を貰えることと思います。塾や日本人学校の親身な先生の助言で、良い学校選択ができた、と喜んでいらっしゃる保護者の方達にも沢山出会っております。

ただ、最後まで子どもと付き合って、ある程度、責任を持たざるを得ないのは「保護者(親)」である、ということはどうしようもない現実です。いろいろな方の助言を参考にしながら、子どもさんを中心に、ご家族が決定を下されることが大切だと考えます。誰も親の代わりはできません。周囲の貴重な資源(いろいろな先生方や我々の情報など)を活用しながら、主体的な選択をなさいますように。

リーダーはやっぱりご家庭です。助言者を上手に活用してくださいね。

家庭の文化力・・・

宣伝するわけではありませんが、作文教室や通信教育による作文指導をなさっている「言葉の森」というところがあります(海外でも通信教育を受けられるようです)。そこのサイトにいくつか、興味深い記事がありましたのでご紹介しておきます。

例えばこちら。「学習塾に流されない家庭生活」というタイトルです。http://www.mori7.com/index.php?e=444                                                                            「子供が夜遅くまで塾に行くようになると、家に帰ってくる時間も当然遅くなります。家庭生活のパターンが塾に行く曜日によって異なるようになると、毎日の自習の習慣を夕方の時間に当てていた場合は、塾や予備校のある日には自習ができないというになります。すると、どうせ週に何回かはできないのなら毎日やること自体が無理だから、毎日の自習もできなくて仕方ないということになってしまいます。
 ・・・このような家庭の文化というものは、ある意味で親の習慣として作られてきたところがあります。親が早起きでなければ、子供に早起きの習慣をつけることはなかなかできません。子供の生活にとっていちばんいいのは、自然のリズムに合った生活をすることです。自然のリズムとは、毎日決まった時間に起きて食べて勉強をして遊んで寝るような生活です。・・・ところが、この習慣を変えるというのは、子供にとってよりも親にとって非常に難しいことなのです。」

「頭を良くするもの、悪くするもの」というタイトルではhttp://www.mori7.com/index.php?e=425                                        「勉強でも反射力を必要とするような勉強をしすぎると思考力は育ちません。家庭での対話も同じです。単に条件反射的に話し合うような対話では思考力をかえって必要としなくなります。テレビの娯楽番組には、こういう反射的な会話がよく出てきます。
 ところが、子供は、こういう反射的な勉強を好みます。「日本でいちばん長い川は」「はい、信濃川です」というような勉強は、子供にとってできたという実感があるのでうれしいものです。しかし、こういう勉強をいくらしても考える力はつきません。それどころか、こういう勉強をしすぎると、思考力が低下するのです。知識は大事です。しかし、知識は勉強の材料であって、勉強そのものではないのです。」

「勝つための勉強、力をつけるための勉強」というページでは http://www.mori7.com/index.php?e=428                                                                           「子供に勉強をさせるとき、今のような競争社会では、つい勝つことに目を奪われてしまいます。テストの点数が気になるというのは、意識が勝ち負けにしか行っていない証拠です。子供はそれでもやむをえません。しかし、大人は一歩上の立場にいて、勝つための勉強ではなく力をつけるための勉強を教える必要があります。」(まだまだ続きがあります。サイトをご覧になってください)

親としてはなかなか大変ですけれど、こういった心掛けを持っておくだけでも、漫然とした生活よりは良いように思います。塾もうまく活用することは大切ですが、学んだことをしっかり身につける時間が必要です。                                                          私自身、上記のアドバイスのようにできたかというと・・・あまり自信ありません。でも、そういうことを大切にしたい、という気持ちだけは持っていたかな。 「(^^; )

お金をかけずに学力をつける ーedu5月号

教育雑誌eduの5月号は「お金をかけずに学力をつける」と銘打たれていました。不況の時代だからこそのテーマなのかもしれません。

ですが、不況と関係なく私は大事なテーマだと感じます。もちろん、お金をかけられるなら、かけたって良いと思います。かけたら学力をつけられる可能性は高まるかもしれません。ですが、かけたからといって学力が必ずつくとも限らないのですよねぇ。結局、勉強は自分なのですから。

eduが「東大に入る」ということをテーマにしている点にはひっかかりを感じますが、学力という点だけを捉えれば一つの結果ではあるとしましょう。(社会で生きていくには、学力だけではないのですが、総合力の一つの指標としての学力ということで、ここでは捉えたいと思います。)

雑誌ではオバマ大統領夫人の母親の子育てについて書かれていました。立派な子育て方針だと感じます。勉強だけではなく家事もちゃんとやらせていたこと、人のために働くこと、また謙虚であること、先生を尊敬すること、しかし分からない時は尋ねることなど、しっかりとした価値観の持ち主のようです。(ミシェル・オバマ大統領夫人は優秀でしたから、公立のマグネットスクールに推薦されています。このあたりは日本の公立の制度とは違いますね。お金が無い家庭の子どもも優秀であれば早くから選抜されます・・・。マグネットスクールは詰め込み勉強をさせるのではなく、学力の余裕がある子どもに総合学習をさせたりするような学校だと聞いています)

きっちりとした家庭生活という土台は重要だと思います。知的好奇心を持たせることが大切で、むやみやたらに小さい頃から机に縛り付けるような学習をさせる必要は少ないことも感じます。大きくなってから頑張るための土台作りが必要なのでしょう。

基礎をしっかりと身につけること、目標をたてて時間をうまく使うこと(遊びの中でも養えますよね)など、きちんとやっていれば公立から東大へということも可能性としては十分あります。(つい先日も雑誌AERAの特集で「公立東大脳」というのがありました。http://www.aera-net.jp/summary/090308_000726.html

学校丸投げ、塾丸投げで学力がつくお子さんもいらっしゃることはいらっしゃるでしょうが、まずは親の生き方、考え方などを含めた家庭生活を大切にしてほしいです。家庭に責任を負わせられるのは親としては辛いですが、かなり重要であるということは免れられない現実なのだと思います。もちろん、子ども自身が持つ個性も大きいですから、すべて親の責任とは思いません。ですが、その子どもなりの力が発揮できるように心掛けておかれたらいいのでは、と考えます。

学校情報を集めたり分析したりも必要ですが、まずは子どもの顔を見て、足元を大切にしてくださいね。ニコニコ。 横向き 「教育は選んだり買ったりするものではない。作り上げるものだ」という阪大教授、志水宏吉氏の言葉は公教育に対して語られたものですが、それはある意味、家庭教育にも通じると私は思っています。お受験ママと教育ママ(良い意味での)は似ている部分もありますが、ちょっと違う点にも気付かれますように。

子どもが親の言うことを聞かない・・・なぜ?

子どもって親の思い通りに動いてくれないこと、よくありますよねぇ。その時、イライラしてつい叱りつけてしまいます。親は自分が正しいと思って言っているのですから、どうしてその通りしないの!って思うんですよね。私もそんな経験、いっぱいしてます。

でも、子どもの気持ちに立てば、親の思う通りやれない、やりたくないってこともいっぱいあるのです。子どもの気持ちをよーく聞いてやれば、なるほどねぇと思うことも多々ありました。子どもが大きくなると、それを親に納得させられるように話せるようになるのですが、小さい頃はただ「イヤダ」と言うだけだったり、態度で示すだけ。なぜ、そう思うのかを説明したりしてくれません。少し大きくなれば説明するのもうざったい、と思ったりもするのでしょう。

カッカして怒るのも自然なことです。でも、少し自分の気持ちが落ち着けば、子どもの気持ちを十分聞き出すようにしてください。 できれば、すぐにカッカして叱りつけるのではなく、落ち着いて子どもの言う意味を汲み取ろうとする態度を養ってくださいませ。そのために何より大切なのは「子どもを心から信じる」ことなのだと思います。子どもって、大人と同じ。本当は良くなりたい、って思っているものなんです。ただ遊びたいという本能が邪魔したり、邪魔くさいという気持ちになったりするのです。でも、それも自然なこと。そういう気持ちとどう折り合いをつけてやっていくか、の方法を提示してあげてくださいね。

大きくなれば、子ども自身もいろいろ考えています。親が提示する方法が、子どもの考えていることと合わないこともあるものです。その場合、親の考えを言うことは必要ですが(我慢しなくてもよいと思います)、子どもに任せるのも大切ではないでしょうか。それが、本当の意味での自立なのですから。

いろいろあると思いますけど、頑張ってくださいねー。一生懸命育てたお子さんですから、きっと大丈夫ですよー。

学習習慣

以前にも書いたのですが、小学校高学年である程度、学習習慣がついていると中高と進んだ時に親はラクです。

現地校やインターにやらせていると、どうしても日本語の勉強が現地の人より負担になります。週1回か2回、補習授業校でやっているだけでも良いのですが、宿題もありますし、時には長期休暇中に休暇明けのテストに備えて漢字学習もせざるを得ません。通信学習をさせることもあるでしょう。ですが、こういった家庭学習の習慣が帰国後、案外、役立ったような気が私はしています。学校で授業を聞いているだけで過ごしてしまっていると、自学自習の家庭学習の姿勢が育たず、中学生になると中1ギャップで困る場合もあるようです。机

中学受験を経験している人は、知識量だけではなく、そういった学習習慣がついているという点ではラクなのかもしれませんね。

とはいえ、小学生時代をノビノビ過ごしていても、集中力と注意力でちゃんと学習できる子どもも居ます。きっと学習に際しても、遊ぶ時と同じくらい好奇心を持って取り組むのでしょうね。 ちょうちょクワガタ麦わら

ほめられる子は思いやりも育つ ー読売新聞よりー

土曜日の読売新聞記事です。http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20090228-OYT1T00545.htm以下、一部です。

 乳幼児期に親からよくほめられる子供は、他人を思いやる気持ちなどの社会適応力が高くなることが、科学技術振興機構の長期追跡調査で明らかになった。・・・計約400人の赤ちゃんに対し、生後4か月、9か月、1歳半、2歳半の時点で成長の度合いを調査した。調査は親へのアンケートや親子の行動観察などを通して実施。・・・その結果、生後4~9か月時点で父母が「育児でほめることは大切」と考えている場合、その子供の社会適応力は1歳半時点で明らかに高くなった。また、1歳半~2歳半の子供に積み木遊びを5分間させたとき、うまく出来た子供をほめる行動をとった親は半数程度いたが、その子供の適応力も高いことも分かった。調査では、〈1〉規則的な睡眠習慣が取れている〈2〉母親の育児ストレスが少ない〈3〉親子で一緒に本を読んだり買い物をしたりする――ことも、子供の適応力の発達に結びつくことが示された。

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生後4か月から2歳半の調査ですからねえ。あんまり叱ったりする時期ではありませんよね。まだ、あまり物心ついていない頃ですから。「エライねぇ」ってわりと褒めたりしますよね。もちろん、おむつ外しの頃はつい叱ったりもしてしまいがちですが。511

3歳以上になった頃から、叱る回数が増えてくるような気がします。その時でも、大切なのが最後の(1)、(2)、(3)なのかもしれません。規則正しく生活させ、母親もストレスがなるべく溜まらないように夫の協力を得るとか気晴らしをするとかをして、親子で一緒に居る時を楽しく過ごすように心掛けるといいんですよね。「言うは易く行いは難し」かもしれませんが、楽しい子育て、ほめる子育てで人柄の優しい子を育てたいものです。

「夢を見るのはやめなさい」と塾の先生に言われました ーあるメルマガよりー

先日、中学受験全敗について書かれた本をご紹介いたしました。http://peerskansai.blog85.fc2.com/blog-date-20090211.html

今日、私が取っているメルマガにちょっと似たような内容の話が出ていました。(ストロング宮迫さんのメルマガです。内容を、かいつまんで書きますね)

あるお母様が塾の先生に「勉強に向いていない」「夢を見るのはやめなさい。偏差値は低くても、環境を買うという気持ちで受験を考えた方が良い」と言われたそうです。中学受験まで、あと1年。今までやってきたのは何だったんだろうか。諦めきれない、という質問です。

それに対して、ストロング先生は答えます。「この先生の言うことはおかしい」「塾の先生の役割放棄である」 「できなくても、少しずつ進歩させるのが先生、夢だけを見るのはダメだけれど、夢を実現させる方向に進めるのが先生の役割だ」とおっしゃいます。「先生が人の人生を勝手に決めてはいけない」と。

ですが、ストロング先生はこうも言われます。「もし、塾に預けっぱなしにして、1年間も成績が上がらなかったということでは、親が批難されても仕方がない」と。先生が教えたことを、定着するよう家庭学習をやるように持っていくのが親の役割なのだそうです。子どもが頑張れるように、あの手この手でやる気を出させることが大切なのだとか。

そして何よりの問題は、子どもの成績が伸びず、先生から見放された状態で塾に通っていたということなのだとか。それこそが中学受験の弊害になるのだそうです。お前はダメだという烙印を行く度に押される環境を、お金をかけて設定しているのではありませんか、と親に尋ねていらっしゃいます。

このことをきっかけに、何かを大きく変えなければいけない、というのがストロング先生の答でした。

アメリカのお受験・・・・

毎月、家に送られてくるJALの雑誌「Agora」が昨日も届きました。開いてみて、まず最初の記事「マンハッタンのお受験」を見て、私はかなりショックを受けました。日本もこうなりかねない、という気がして。

マンハッタンでは名門幼稚園に入るために志願者が殺到し、競争率20倍以上という例もあるそうです。そういった私立幼稚園の年間授業料は約230万円。それを高校卒業まで13年間払い続け、その費用は諸経費を含めるとざっと4千万円だそう。もちろん、お稽古や衣服費、食費は別ですよね。

アメリカの私立校ではK-G12(幼稚園から高校卒業)まで一貫校になっているところも多く、名門幼稚園への志願者はひきも切らないようです。実際、名門大学への進学率も高いのですから。

もちろん、多様性を尊重するアメリカですので、人種などの多様性はありますが、一方で寄付金をたくさん払える人や卒業生の子どもを優先的に入れたりします。よほど優秀であれば奨学金もいただけますが、そうでなければお金が無いと、そういった学校に通い続けることはできません。

「結局、お金ですか?」というのが、アメリカの教育の一面であり(マンハッタンだけ?)、そして昨今の日本の首都圏の中学お受験ニュースを見ていますと(過去最高の志願者率。公立小学校では受験シーズンには欠席者続出地域も多数)、マンハッタンと同様のことになってくるのでは、と心配です。つまりお金がないと良い教育が受けられない、という状況です。

公教育から人々が逃げ出すのが今の首都圏だとしたら、日本は不平等社会に一歩踏み込んでいってしまっていることが明らかになってきた、という気がします。もちろん、そういった保護者の気持ちは痛いほど分かります。多くが中学受験をするのですから、公立に対しては不安ばかり募ります。「とりあえず、うちも受験をしなくちゃ大変なことになる」という気持ちになるのは私だってきっと同様でしょう。そしてそれを支える教育産業もたくさんあります。不況でも教育産業は不況知らずといった様子だそうです。

公立病院が潰れていき、公教育が信用されなくなっていく・・・。本当にそれでいいのか、日本人、と日本の庶民である私は思ってしまいますが、いったい、どうしたら良いのでしょう。

「あなたの子どもはなぜ勉強しないのか」

今日、新聞の折り込みを見ていましたら、こんな本の広告が載っていました。読んでみますと、考え方が私と似かよっているなぁと思って、ちょっと紹介してみたくなりました。本を読んでいないので、どうかなとは思いますが。

著者は「えっ中退しても難関大?」のキャッチフレーズで有名な、神戸セミナーという予備校の校長先生で喜多徹人という方です。

勉強が順調に進んでいるお子様には必要のない本かもしれません。ですが、悩んでいらっしゃるお母様もいらっしゃいます。そういうお母様が読まれると、とても参考になりそうな気がします。

小さな成功体験を重ねて自信をつけさせる、「もっと頑張れ」といった厳しい指導、命令、説教をすると逆効果で子どものやる気を削ぐ、といったことが書かれているようです。プラスのイメージを作り出すような言葉かけをすること、例えば「よく頑張ってるね」「頑張ろうとしているね」といった言葉が大切です。

明日へのやる気を出させる飲み屋のママさん、付かず離れずサポートする婦人服屋の店員さんといった例が分かり易いようです。

15歳を過ぎれば、本人が望めば「情報提供」することも大切だけれど、くれぐれも「指導」「強制」「アドバイス」にならないようにすることが大事だとか。相手は半分、大人ですもの、その通りですよね。子どもの感性は極めて真っ当なものだと思います。

相手を認めて育てる賢い親に、共になりましょう。

親の価値観

今朝は朝から妹と子育てについて電話井戸端会議。(ほんとはやること、いっぱい溜まっているのですが、ついつい)

結局、子育てというのは親の価値観の中でしかできない、という悲しい現実で合意しました。親の性格や価値観は、なかなかもって変えられるものではなく、子どもはその中で育つしかないんだよねぇ、ということでした・・・。

本当に子育ては、ある意味、非常に怖ろしいことですよね。他人から見れば子育てにおいてここにちょっと問題があるかもしれないと思っても、その人はその人である限り、なかなか変わらないですし、またそれがその人らしさを形成しているわけで、そこから出てくる価値観の中で子育てするしかないのですよね。どうしても、親の枠組みに嵌めようとする作業になってしまうものです・・・。

他人事のように書いていますが、それは私も同様のことです。私は私と夫の価値観の中でしか子育てしてこなかったと思います。うちの子どもが子育てする場面になったら、自分が育った環境から反面教師にする部分はして貰うしかないかなぁ、なんて諦めも生まれてきたりして。

客観的に親としての自分を見つめなければいけないな、価値観を押し付けちゃいけないな、と自覚しつつも、子育てにおいては、そもそもそれはほとんど不可能なことかな、とも思います・・・。

無条件の愛

私がとっているメルマガで、あるコーチングの先生のブログが紹介されていました。拝見しましたところ、人間の生き方として参考になることがいろいろ書かれていました。

多少、クサかったりもするのですが(どちらかというと、私はそっち系は苦手です)、人間の真実として正しいと思われることも沢山書かれています。

今日はその中で「親の無条件の愛」について書かれていた記事を紹介したいと思います。                                              親はどうしても子どもに多くのことを求めてしまいがちです。決して「運動ができるから素晴らしい」「勉強ができる子だから好ましい」などと思っているわけではないのですが、つい「条件付きの愛」と子どもに感じさせてしまっているかもしれません。ダブルハート

子どもは(=人間は)、本当は皆、無条件に素晴らしいのです。それを引き出すのも、消してしまうのもその人次第。そのことを改めて噛みしめました。 

野口嘉則さんのブログ↓ http://coaching.livedoor.biz/archives/51421843.html

信頼、信用。

一昨日、13日の本ブログに、「これからの時代にどういう力をつけておけばいいのでしょうか」といったテーマで記事を書きました。

別に正解が見つかったというわけではありませんが、雑誌を見ていて「そうかもしれない」と思ったことがあったので、書き記しておきますね。                                                            皆様はどう思われるでしょうか。

それは「信頼」といったような言葉で表わされるものを大切にしましょう、ということです。人間でいえば「信頼に足る人間」であれ、ということかもしれません。 現在の不況は金融危機が発端になったと言われています。信頼のおけないものを過度に信用しすぎて来て、今その信用・信頼が崩壊した結果、どんどんと経済がうまく回らなくなってきました。お金という札束や数字を信じているのは、そこに信用があってこその話。

信頼が壊れると、うまくいかなくなってきます。逆に信頼できる人間や組織には仕事は回ってくる可能性は高いことでしょう。                                                         信頼できる能力や、信頼できる人間性。そういった「信頼できる人になるよう心を磨き、技を磨きましょう」という気持ちを持って子育てをしていくのはどうかしら、と思ったにっこりママでした。(ピアーズの他のお仲間のご意見は、さていかがでしょう?)

 

「ピアーズ@関西」そのものも、より信頼していただけるグループになれるよう、来年は一段と充実したものにしていきたいと思っており、いろいろ計画を練っております。                            また、単に信頼していただける、ということだけでなく、温かな気持ちで情報交換ができる、ほっこりした居場所でもありたいとも思っています。ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート

この不況の時代に、どんな力をつけてやっておけばいいのでしょう?

このところ、不況感が世間を覆っています。再び就職氷河期になろうとしています。いったい、子どもにどんな力をつけておいてやればいいのかしら、と悩んでしまいます。

私に良い考えがあるわけではありません。ですが、この前、ある方とお話していましたら、そのベテランママさんは「本当の意味で実力を付けておいてやることかしら」とおっしゃっていました。

他にもいろいろ御意見はあるでしょうね。コミュニケーション能力なども大切でしょうし、努力する能力も大切でしょう。楽天的でありながらも、戦略を立てて実行できる力もあればいいかもしれません。

先日はお仲間とお話していました。その方のお知り合いのお子さんは、看護師さんの資格を取られたそうです。「緊張感の中で働く女性は、キリリとした表情を見せていて素敵だと感じる」と話していらっしゃいました。 確かにいつの世でも必要とされる資格を取るのも良いことでしょうね。

子どもさんの志向や性格など、いろいろなことが関わってきます。正解なんてありませんよね。ですが、将来を長いスパンで考えつつ子育てしていくことは、とても大切ではないでしょうか。受験や学歴だけではない広い視野で、試行錯誤しながらも楽しく励まれますように。

ベテランママさんは、「子育てで親が育てられました」とおっしゃっていました。私も同感です。

オックスフォードとケンブリッジの入試問題

CNNの日本語サイトに、今年のオックスフォードとケンブリッジの入試問題が話題を集めていると書かれていました。 http://cnn.co.jp/world/CNN200812090015.html

ーーーーーーーーーーーー(以下抜粋)--------------

オックスフォード大は「小説と詩のどちらが好みか」、ケンブリッジ大は「あなたが仮にカササギ(magpie)なら何をするか」と、受験対策的な知識ではなく受験生自身の考える力を見極める質問だ。

オックスフォード大の入試担当者は、今回の入試問題について「受験生に安全地帯から出てもらうのが狙い。われわれは受験生に大量の知識から離れ、自分自身で考えることを始めてもらいたい」とコメントした。

このほか、ケンブリッジ大の問題には「警察に見抜かれないよう他人に毒を盛るとすればどうするか」といった意地悪に見えるものや、「政治家に代わり、大手家具店イケアの店長に国家運営を任せないのはなぜか」という現実的な質問もある。

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日本の大学入試問題とは全く異なりますね。思考の深さを調べられる問題です。 大学に入学後に必要な知性を備えているかが見られているのでしょう。

イギリスの教育制度について見てみましょう。                                    ・http://www.gabbitas.co.jp/education/index.html←このサイトの下の方、イギリスの教育制度というところもクリックしてみてください。                                           ・http://uk-studyabroad.jp/school/education.html←このサイトも参考になると思います。         http://www.eikokutabi.com/ukwhatson/uk_guide/features/education/exams_uk.htmこういったサイトを見ていますと、もともとイギリスではGCSEやAレベルと言われる課程修了試験でも、知識だけではない能力を評価されることが分かります。                                    ・http://www.p.u-tokyo.ac.jp/sokutei/pdf/vol06/p154-167.pdf←より詳しくGCSEのことがお知りになりたければ、このサイトである程度分かることでしょう。

上記の記事にも書かれていますが、「英国では9割の生徒が公立学校で教育を受ける。オックスフォード大の学生のうち公立学校の出身者が占める割合は53%にとどまり、学費が高い私立学校に子どもを通わせる余裕がある富裕層の方が有利とみられている。」とありますように、こういった試験問題では、教養のバックグラウンドを持つ上流階級の人達が有利になりがちです。そしてオックスブリッジと言われる両大学から、社会の指導者が輩出されてきました。

日本社会の指導者像を考えたとき、もう少し教養レベルの高い、思考力のある人が生まれるためには、日本の学校教育や入試制度についても、まだ改革の余地があるように感じます。とはいえ、階層の固定化や再生産に繋がるものは避けなければいけません。 総合学習といったものは、こういう欧米式の学習の良さを取り入れたものだったはずですが、学力低下という懸念から、従来の基礎学習の時間が増加するようです。基礎学力をつけつつ、こういった応用力もつけられれば良いのですが。

全米ナンバーワン教師、日本で物理の授業

全米最優秀教師に選ばれた先生が、静岡の中学校でモデル授業を行ったそうです。

「道具を使うだけでなく、生徒自身がものになったつもりで動くなど実験に工夫を凝らし、最後まで生徒を引きつけた」ということです。「文部科学省の田代直幸・教科調査官は、実験や説明の工夫では日本の教師も負けていないが、実際に行動させて考えるのは米国ならではと評価」しています。

教師ガイセンさんは「科学を身近に感じさせ、問題意識を育てることが大切」と強調していたそうです。http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20081210-OYT8T00230.htm

確かに日本では小学校では実験もかなりやっておられます。ですが、学年が上がるにつれ減ってきますし、高校になるとかなり少なくなります。また、小中学校でもゆとり教育で授業時間数が減ったために、実験もかなり削られてきました。

机上の計算ばかりでは理科の面白さはなかなか伝わりません。日本でも、もっとこういった楽しい授業が増えるといいですね。

アメリカの教育が素晴らしいとばかりはいえませんが、素晴らしい点を学ぶのは大切だろうと思います。昨日もアメリカの教育に詳しい先生が話していらっしゃいましたが、プレゼンテーションの力、また人に伝わる論理的な文章の書き方など、いろいろ学ぶことがあるのではないか、ということでした。

子育てのアドバイス

私が拝読させていただいています大阪で親業コーチをなさっている方のブログです。いつも色々教えられることの多いブログですが、12月4日の記事は皆様にとっても参考になると感じました。http://plaza.rakuten.co.jp/oyagyouoosaka/diary/200812040000/

自己肯定感を育むには、親からの無条件の愛が大切なのですね。ブログの中で紹介されている明橋大二先生のお話、とても考えさせられます。http://plaza.rakuten.co.jp/odenke/diary/200811270000/(以下抜粋と感想)

「自分なんて存在価値ない」
「生きてる意味ない」
「いらない人間」
「自分なんかいない方がまし」と考える子どもが多いのだとか。

この自己評価が低くなって来た時に、たいていの子どもが使う言葉が「どうせ」なのだそうです。
「どうせ、僕なんか」
「どうせ、私なんか」
「どうせ、無理」

子どもの口から、この「どうせ」という言葉が出てきたら、
それは「自己評価が低くなりつつあるサインだ」
という事で、ちょっと注意していただきたい。
いわゆる心のSOSのサインの1つです。
ですから、子どもが「どうせ」と言い出したら、しばらくは叱ってはいけないのです、
と明橋先生はおっしゃいます。お心当たりのある方はいらっしゃいませんか?

自己肯定感の低くなる要因はいろいろありますが、その一つにイジメもあります。そのイジメについては下記のような言葉がかかれています。

子どもが「いじめられている」と相談して来た時に、親としてはショックを受けます。

それと同時に
「お前も言い返したらどうだ」
「もうちょっと強くなったらどうだ」
とか、ついつい言ってしまいがちです。

しかし、そういう風に出来るんだったら、子どもはそんなに悩んでないんです。
子どもが大人に相談して来るという事は、よっぽど耐えて耐えて、耐えかねて相談して来るのです。
言い返したり、強くなる事で対処出来るくらいだったら、子どもは相談して来ない訳です。
出来ないから、相談して来る。

ところが 相談しても、「お前が強くなれ」とか言われてしまうと

「結局、自分が言い返せないからいけないんだ」
「強くないからいけないんだ」
「だから、いじめられるんだ」
「いじめられて当然なんだ」
という風に子どもは思ってしまいます。

ひどい場合になると
「なんでお前ばかりいじめられるんだ」
「お前にも何か悪いところがあるんじゃないのか」
とか、言ってしまう。

そういう風に言われてしまうと、子どもは
「お前が悪いから、いじめられて当然なんだ」
と言われているのと同じように思い、もう2度と相談出来なくなってしまいます。

もちろん、「不器用な子」「空気が読めない子」など、いろいろなタイプの子がいます。
だからと言って、そういう子はいじめられて当然なのか?
そんな事は決してありません。

いじめられる理由っていうのは、いじめられる子の中にはちっともなくて、いじめる子が、人工的に作り出して、それを相手に洗脳していくというプロセスです。
「お前はこうだから、いじめられるんだ」
「お前が悪いんだ」
「何か文句あるのか」
という風に、思い込まされてゆく。

ですから、もしもいじめられる子どもが相談をして来たら
「お前はちっとも悪くないんだよ」
「いじめてる子が間違ってるんだし、おかしいんだよ」
と伝えてやらなければ、なりません。

これは当然の事のようですが、これが案外、子どもには伝わっていません。

とても心に沁みますよねぇ。

「自立」の基になるのは「意欲」です。
「意欲」が出てくるのは「安心感」からです。
「安心」出来るのは、依存して甘えたからです。

という事は
「甘えない人が、自立する」のではなくて
「十分に甘えた人が、自立する」のです。 

                                                              長いお話ですが、分かり易いく読みやすい文章です。どうぞ、お読みになってくださいね。

毎晩、寝る前に子どもさんを褒める  ー親野智可等先生のメルマガー

私、親野智可等先生のメルマガをずっととっています。昨夜来ていたメルマガですが、とても良いなぁと思ったので、皆様にもぜひ紹介したいと思いました。12月4日のものです。http://archive.mag2.com/0000119482/index.html

上記をクリックして読んでいただくのが一番ですが、その内容をかいつまんで申し上げますね。                                              ある読者の体験談です。いつもイライラして子どもを叱ってばかりいたお母さん。でも親野智可等先生のおっしゃる「褒めることの大切さ」は心に留まっていらっしゃいました。 ある夜、一日中イライラしてようやく子どもを寝かしつける時に、一日を振り返って反省させようとしたとき、ふと自分がそんなことをされたらイヤだろうなぁ、と思われたそうです。

そこで、「今日はいろいろダメなこともあったけど、えらかったことはね・・・」と話しだすと、子どもさんの表情がみるみる変わったそうです。それを契機に、毎晩、添い寝して寝る前に「今日のえらかったこと」を話すコーナーができたそうです。

人の目を見ないで恥ずかしそうに挨拶したときも、「恥ずかしいけど頑張って挨拶したね」と褒めると翌日にはもっと素敵な挨拶ができるようになったそうです。

妹とケンカばかりしていたときも、「優しくして偉いね。お兄ちゃんが大好きだって」というふうに褒めると、次には邪魔されても優しく接するようになったそうです。

今では叱られた日も、「ごめんなさい。で、今日のえらかったコーナーは?」と催促するようになったのだとか。そして、自分が考えた「偉かったこと」も報告してくれるのだそうです。

しみじみしますねぇ。そしてほのぼの・・・(*^_^*)

「頑張りなさい」は無意味で無責任な言葉!?

私がとっているメルマガで、皆様にとっても参考になると思う言葉が載っていました。

それは「頑張りなさい」という言葉ほど、無責任な言葉はない、ということです。やみくもに頑張ったって結果が出ないことはよくあります。いったい、どこに問題があって、どういうふうに何を頑張れば良いかが分かっていないと、あまり意味はないということなのです。

いずれは、子ども自身が方法を工夫したりできるようになるものです。何をやれば良いかも、自分で判断できるようになります。中学1,2年くらいまでにうまくサポートしてやれば、後は次第に自分でやってくれるようになります。

こういうふうに頑張れば、結果が出るんだな、という経験を積ませてあげてくださいね。お勉強だけじゃなく、自信がつけば自尊感情も高まり、また他人にも優しくなれるものだと思います。笑い。

高校生以上なら新聞を読んでくださいね。

子どもの通った中学では、夏休みの宿題として新聞の切り抜き作業がありました。十分内容を理解していなかったかもしれませんが、新聞を読むきっかけ作りをしていただいたことは、とても有り難く思っています。

海外では、毎日の勉強に忙しく過ごしておりましたが、興味を持ちそうな記事を切り抜いて置いておいてやったりしました。 新聞は思考を深めるための一つの道具として、有用だと思います。

現地の新聞も、読めるようでしたら、お取りになると良いと思います。地元紙などでは地域のニュースが出ていて、読みやすいと思います。もちろん、大手紙を読むのも良いことです。(高校生位になれば、どれか一カ国の言語では、新聞を読めるようにしておいてください。)

さて、日本で新聞といっても色々あります。全国紙では読売・朝日・毎日・産経、そして日経でしょうか。関西の地方紙では神戸新聞、京都新聞が有名です。産経新聞はお値段が少し安くなっていますのと、夕刊は発行されていないという特徴があります。

◆全国紙の中の一般紙、読売・朝日・毎日・産経にはそれぞれカラーがあるのは、皆様よくご存知のことだと思います。読売・産経が右派、朝日・毎日が左派と言われています。すべての新聞を取ることは一般家庭では難しいですから、特に社説などを、ネットで読み比べられると良いでしょう。政治的なことなど、正反対の意見が載っていることもあり、偏らない判断の助けになると思います。新聞社の社説へのリンクを集めたサイトはこちらです。http://www.ne.jp/asahi/sec/eto/paperhtml/editorial.html

教育雑誌[edu」10月号特集 -教育格差を気にする必要はありませんー

先日、本屋さんに行ったとき、ふと目についたのがこの雑誌の特集「教育格差を気にする必要はありません」でした。

このところ、格差という言葉が頻繁に取り上げられています。教育についても然りです。 もちろん、経済格差が教育格差に直結するのは、非常に好ましくないと私も考えております。 そのために公教育の充実は非常に望まれるところです。

それとともに、この「教育格差」という言葉に煽られがちな親心について、とても心配です。お金をかけなければ良い教育はできない、学歴をつけることこそ生き抜くためには重要といった親の焦りを生み出す魔法の言葉になってしまいそうに感じます。

もちろん、放任でいいし学力なんてどうでもいい、と思っているわけではありません。けれど、本当に大事なものは、それだけではないはずです。学力をつける過程で得られるものこそ大事であって、単なる知識の多寡はそれほど問題ではないと思います。

その子どもが持つ力を伸ばすサポートをするのが親であり、無理に追い立てて格差に負けないように勉強させるのは、いかがなものでしょう。(もちろん、受験直前はなかなかそんな余裕を持てないのは十分理解できます!)

この雑誌に寄せられた文章から、得られるものは大きいと思います。 

王貞治氏が監督退任にあたって述べた「68歳になった今でも. 心をときめかせてやれたのは. 本当に幸せだったと思います。」という言葉から、私達は何を学ぶべきでしょうか。

ノーベル賞物理学賞を受賞した、南部・益川・小林氏といった先生方、化学賞を受賞した下村氏。皆さん、好きな学問を深く追求されました。のめり込んで研究されたといってよいでしょう。そこから、私達は何を学ぶでしょうか。

もちろん、誰しも王監督にもなれませんし、ノーベル賞なんて戴けません。ですが、人間が生きていくうえで大事なものは、「教育格差」という言葉で生起させられがちな焦りとは全く違うだろうと思います。

いつも子どもの様子を気を付けて見ておいてくださいね。

海外でしておいたほうが良いこと。

7月に行いました「帰国教育相談会」の中で、FIA教育アカデミーの古川先生は、「海外では海外でしかできないことを楽しんで欲しいし、それが面接などで生きてきます」と話していらっしゃいました。

その通りだと思います。日本の教育状況を知っておくことは必要ですが、「今、生きている場所」をしっかり生きることは大切です。また、日本と同じ状況は作り出せないのですから、違う状況を楽しむ、学ぶということは海外においては不可欠な心構えかと思います。

と同時に、外国語環境にどっぷり浸かっている方は、日本語だけは気を付けてあげてくださいね。                                        「カンド」「ケイド」という日本の小学生とは切っても切れない言葉をご存知でしょうか。「漢字ドリル」と「計算ドリル」の略です。ふだんの日本の小学校の宿題は、この「カンド」「ケイド」と「国語の本読み」が主となっています。計算は海外でもやっていますが(計算方法が多少違っていたりもしますけれど)、漢字については日本に住む小学生でさえ、毎日積み重ねています。漢字の練習は機械的なものになりがちですが、機械的だからこそ簡単に身につけられるとも考えられます。

大変でしょうが、すきま時間を上手に利用して、なさってあげてくださいね。

理系好きにするには?

私にとっているメルマガ(ストロング宮迫さんのメルマガです)で、今日、興味深い記事が載っていました。理系に進ませたい親が結構居るといった内容で、理系科目好きにさせるには、といったことが書かれていました。                                                

親が理系だと、遺伝か環境か、理系得意の子どもになるのは自然なことだと思えます。隔世遺伝でしょうか、持って生まれたものが理系タイプということもあるようです。

ですが、そうでなくても理系好きにするのは可能だとか。その一つとして「深く、狭く」ということを挙げていらっしゃいます。例として挙げてあるのは、あちこちの動物園に行って色々な動物を見るといった通り一遍な方法ではなく、一種類の動物を見て、それに興味を持ったら、次回は家で深くそれを調べてから、再度訪れて生態を観察する、といった方法をとってみてはいかが、というものでした。一つのものに詳しくなると、それについて語りたくなる、そしてそれをますます深めるといった学習態度を養成するということのようです。

夏休み、こういった学習方法を学ぶ良い機会かもしれませんね。

もう一つ、挙げてあったのは、一つの問題に対して、最短で得られる解法ではなく、別解を考えさせるというものです。応用問題を解く力は、最短の解法を知っていた上で、別の解法を考える力だとか。解ければ、それでいいじゃん!というのではなく、どうしてその解法を取ったのかといった狭く深く考える力だそうです。

簡単にわかろうとする、といった態度では、ちょっと理系に進むのは大変ということなのかもしれませんね。回りくどくても、しつこく追求する力、といったことでしょうか。

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